sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

【この一曲】Bring Me The Horizon「mother tongue」(「amo」(2019))

で、早速先日リリースされたばかりのBring Me The Horizon(以下「BMTH」)の6thアルバム「amo」なのだけど、実はこのアルバムが2019年初頭にリリースされるという話が前年の夏に出たときに「オリバー(Oliver Sykes)がインタビューにて、新譜「amo」(←「愛」という意味)には自身の離婚が反映されていることを発言」という記述を見て物凄く既視感というか嫌~な予感がしたのだった。だって別離がきっかけで作られた、「愛」がテーマのアルバムと聞いたらMansunの「Little Kix」じゃん(←BMTHの記事見てそんなこと考えたの多分私だけだっただろうな)。しかもオリバー既に再婚してるしどうせ「前は離婚で痛手を負ったけど今は新しい愛を得て幸せさ~」みたいな展開な、甘々メロディー満載のポップアルバムなんじゃないの?と物凄く捻くれた見方をしたものである。しかし実際に「amo」を聴いてみるとニュースリリース当時のこの捻くれてると思われた推測もあながち間違いではなかったと思うのは自画自賛だろうか(笑)。「MANTRA」(←何故かこの曲だけ大文字)「wonderful life」「suger honey ice & tea」みたいな前作「That's the Spirit」の延長的な位置づけの曲もいくつかあるものの例えば「ouch」「fresh bruises」みたいなエレクトロニカ丸出しの曲を聴くと「おいちょっと待て一体どこへ行くんだよ」と思ってしまうし「medicine」はキャッチーだけどロックというより最早ポップだし極めつけは「heavy metal」というタイトルなのに「残念これ全然ヘヴィーメタルじゃないw」みたいな内容なので前作までは何とかついてこれたファンも音だけ聴くと「え~これどうしよう」という印象になってしまうのではないだろうか。しかしその「ouch」、実は歌詞を見ると前作収録の「Follow You」の歌詞の一部を借用していてしかもそれがオリバーの離婚した前妻でタトゥーアーティストのハンナに対する当てつけみたいな毒たっぷりの曲なので侮れないのである。ハンナとの別離をテーマにした曲は他にも「medicine」「in the dark」等何曲もあって「よほどトラウマだったんだろうなぁ」と思われるのである。まあこのブログのメインの読者向けに例えて言えば彼らはデーモン・アルバーンジャスティーン・フリッシュマンみたいなパワーカップルだったので、離婚の精神的なダメージもそれだけ大きいことだっただろう。まあ色々言いたい放題したけれども何だかんだで私は今回の新譜は気に入っているのである。恐らく今のBMTHはクイーンやU2みたいな、特定のジャンルで語られることを必要としない普遍的なバンド(最早バンドですらなくコンセプトかもしれないが)になりつつあるのだろうし、この際次のアルバムもこの調子で突っ走って毎回ファンを挑発してもらいたいものである。本来彼らのようなバンドこそ「プログレッシヴ」という形容がふさわしいのだけれどね。


Bring Me The Horizon - mother tongue (Official Audio)

この「mother tongue」は当初私の邪推に近い予想の「今は新しい愛を得て幸せさ~」の部分に相当する曲で、オリバーが一昨年に結婚したブラジル人モデルのアリッサの事を歌ったこれまたキャッチーでポップな曲である。歌詞の中に「So don't say you love me; fala, "amo"」という一節があり、ある意味この曲がこのアルバムのタイトル曲的な位置づけと言ってもいいだろう。「英語でなくて、君の母国語で愛を語ってよ」という内容の曲なのだけれど、「fala, "amo"」はアリッサの母国語であるポルトガル語で、本来ならここは「fala, "te amo"」(「愛してる」と言って)だったんじゃないかと思うのだけど歌に乗せるときにフィットしなかったのかもしれない。実はこの新譜のタイトルが「amo」と聞いたときに「何だPhoenixの「Ti Amo」みたいじゃん」と思ったのだけれどPhoenixの「Ti Amo」はイタリア語なので、同じ「amo」でも言語が違うのである。でもこの今回のBMTHの新譜、「Ti Amo」が好きな人が聴いても多分違和感ないと思うよ(笑)

「That's the Spirit」Bring Me the Horizon(2015)

最初にBring Me the Horizon(以下「BMTH」)という名前を見たのは確かBullet For My Valentine(以下「BFMV」)のいつぞやの来日公演(←調べたら2010年だった)の時のスペシャルゲストとしてだったと思う。その時の来日公演は見逃してしまってその後しばらく忘れていたのだけど、その次にBMTHの名前を見たのは2016年のNMEアワードでヴォーカルのOliver Sykesがバンド演奏中にコールドプレイのテーブルに飛び乗ったというニュース記事であった。この記事を見て最初に思ったのは「そもそもBMTHってNMEアワードに出るようなバンドだったの?」ということである。元々がデスコアから出発しているのでBFMVとも系統が違うのだけどどちらかというとKerrang!やMetal Hammerで扱ってる領域のバンドだろうから、これらとは全く畑違いなNMEのイベントに呼ばれることにとても違和感を覚えたものだ。それがその年の夏にBBC Radio 1だか2だかで放送していたグラストンベリー・フェスティバルのプレビュー番組でBMTHの「Avalanche」を聴いて「これ、いいじゃん」と一気に引き込まれてしまった。それでやっと当時の新譜だった通算5枚目のアルバム「That's the Spirit」を聴いたのである。リリースから約1年経ってたから何とも遅い反応と言わざるを得ない。そもそも最初に名前を見てから実際に曲を聴くまで実に6年かかっているのだからその間の音楽的な変遷をリアルタイムで体験できず機会損失半端ないと言ってもいいかもしれない(涙)。

That's The Spirit [Explicit]

That's The Spirit [Explicit]

 

 一聴した印象は非常にキャッチーでかつスタイリッシュなアルバムだということである。収録曲の完成度が軒並み高くそれまでこの界隈のジャンルに疎い新規ファンをしっかり取り込む吸引力があると思う。しかしダサい所が皆無というか同郷のBFMVやAsking Alexandriaのような伝統的HM/HR的要素を一切引きずっていないところが何とも落ち着かない(元々私はSykesと聞くとOliverよりJohnを先に連想してしまう古い世代の洋楽ファンである)。既に数々のレビューにある通りデスコアの初期から叙情系メタルコアの前作「Sempiternal」までの比較的緩やかな変化と違いジャンル自体が変わってしまったような変貌ぶりなので、正直ついていけなくなったという初期のファンも多いのではないだろうか。よくデスコアやメタルコアのバンドでボーカルが途中で喉を壊してスクリームが辛くなって次第にクリーンの割合が増えていくという変遷をたどるバンドは割と多いのだけど、このアルバムでは「ボーカルだけでなくギターを弾くのまでつらくなってしまったのか?」と思ってしまうぐらいヘヴィーなギターが激減してしまっている。しかしBMTHの凄い所はここまで音楽性をオルタナティブ・ロックに寄せておきながら決して他バンドの丸パクリにならずしっかりBMTHの音楽となっているところである。最近本作(および前作「Sempiternal」)に影響されたとみられる他バンドの作品のリリースが目立つが、それらが昔からのファンからは必ずしも歓迎されていないことに比べると本作の持つ「これは必然的な変化だ」と言わんばかりの説得力は大したものだと思う。シンセサイザーの入れ方が他の同ジャンルのバンドとは比較にならないほどスマートだというのもあるのだけれど、彼らもまた「どんなアレンジにも耐える普遍的な魅力を持つ曲が書ける」数少ない人たちなのだろう。願わくば日頃NMEで取り上げられるようなバンドのファンの人たちにも聴いてもらいたいアルバムだけれども少なくともここ日本においてはそのような動きはあまりなくて寂しいものがある。過去の記事でも何度か触れているけれどどんなに音楽性が大きく変化しようとも結局は元々の出発点のジャンルに大きく影響されてしまうのだろう(BMTHと同じぐらい音楽的変化を遂げているバンドにAnathemaがあるけれどやっぱりファンの多くはメタル畑だもんなぁ。まあ彼らの場合はそのお陰で来日できるぐらいはファンを確保できているのだろうけれど)。しかしどんなにメインストリーム路線に寄せてもどこぞのバンドと違って英国出身らしさを捨ててないのはUKロックファンには好感が持てる点だと思う。実はこの後のアルバム「Amo」で彼らはさらに「何じゃこりゃあぁぁ」的異次元の展開を見せるのだけどそれについてはまた後日(←書くのか?)。

「Dare」The Human League(1981)

前回がABBAだったので今回は「エレクトリック・アバ」と言われたこともある英国シェフィールド出身のエレクトロ・ポップバンドのヒューマン・リーグを取り上げたいと思う。元々ホール&オーツがきっかけで洋楽の世界に入った小学生の私をたちまちUK派にしてしまったバンドがヒューマン・リーグであった。ちょうど「愛の残り火(Don't You Want Me?)」が全英チャート1位を獲得した頃である。当初ホール&オーツ 目当てで買った「ミュージック・ライフ」誌にヒューマン・リーグの「Dare(当時の邦題は「ラブ・アクション」)」の広告が載っていて、その斬新かつオシャレなデザイン(「ヴォーグ」誌の表紙を意識したらしい)に「さすがイギリスだな」とにわかに興味を持ったのである。女性が2人いるだけでエレクトリック・アバというのも安易な気がするが当時の彼らの勢いが世界各国で数多くのヒット曲を連発してきたABBAになぞらえたくなる気持ちはわからないでもない。元々ヒューマン・リーグは男性4人組で出発したバンドであるが、アルバム2枚リリース後イアン・マーシュとマーティン・ウェアーがバンドを脱退してヘヴン17を結成し、残ったフィル・オーキーとエイドリアン・ライトが女性2人(ジョアンヌ・キャスロールとスザンヌ・サリー)と男性2人(イアン・バーデンとジョー・キャリス)を新たに加えて新ヒューマン・リーグとして再出発したものである。当時の写真を見てもわかるように4人組時代のいかにも暗黒UKニューウェイヴみたいな雰囲気からうって変わって華やかでファッショナブルなイメージを大胆に押し出したことは当時イギリスで全盛期を誇っていたニューロマンティクス の流れにもうまくマッチしたといえる。ニューロマといえばこの時期のヒューマン・リーグの連中(っていうかフィルと女性2人)の化粧はケバかった。フィルに至っては謎のワンレン長髪(当時はロップサイドという言い方をしていたと思う)にツタンカーメンみたいなヘヴィーなアイメイクなものだからインパクトは相当のものであっただろう。当時小学生だったわたしもワンレンボブを伸ばしてフィルみたく前髪ダラリをやろうと思ったのだがそんな髪型が小学校で許されるわけがなく即撃沈した。ヒューマン・リーグは1982年に初来日しているが、その時の取材に対する彼らの態度が最悪だったと毎年恒例の「ミュージック・ライフ」の年末企画である編集部座談会で暴露されている(取材担当に「今までこんなに印象の悪いインタビューはなかったわ!」とまで断言されたほど)。まあ当時「愛の残り火」が全英チャート制覇に続き全米チャートも制しつつあるという状況にあって多少天狗になってしまったのもわからないでもないが、よくよく聴いてみればフィルの歌はヘタクソだし、女性陣もさらに輪をかけて下手だし、しかもあのメイクがなければルックスも皆微妙だからMLの連中も白けてしまったんだと思う。しかし彼らの場合そのヘタさ加減が却ってシンセサイザーの無機質な音にマッチしていた上にフォトセッションやPVやアルバムジャケットのデザインまで「クールでオシャレで華やか」という彼らが意図したイメージで統一されていたのには感心するし、「愛の残り火」の大ヒットも元々曲のキャッチーさが最大の魅力とはいえこういったイメージ戦略による相乗効果は無視できないと思う。「愛の残り火」で女性ヴォーカル部分を担当したのが当時フィルのGFだったジョアンヌではなく金髪のスザンヌのほうだったのは偶然だったのだろうか。多分あれがジョアンヌだったらフィルとのラブラブ臭が鼻について彼らの「クールでオシャレ」なイメージが相当損なわれたんじゃないだろうか。そういった絶妙なバランス感覚も好感が持てるものである。それだけに現在の彼らの中年丸出しの体型を見ると「もうちょっとイメージに気を使えや」と思ってしまうのはわたしだけではあるまい。

Dare: Deluxe Edition

Dare: Deluxe Edition

 

先ほどヒューマン・リーグはイメージ戦略で成功したと書いたばかりなのだがこの3rdアルバム(4人組時代から数えると3rdになるのである)に関して言えば印象に残るメロディーの曲が揃っておりクラシックなアルバムだと言えると思う。「愛の残り火」「ラブ・アクション」「The Sound of the Crowd」「Open Your Heart」等有名シングル曲は多いが個人的にはいかにもUK産らしい哀愁感あふれる美メロとクールなシンセサイザーが魅力の「Darkness」が好きである。この後ヒューマン・リーグが2度目の全盛期を迎えるのが例の「Human」の全米No.1ヒットなわけだが「Human」およびこの曲が収録されている「Crash」というアルバムは当時飛ぶ鳥を落とす勢いだったヒットメーカーのジミー・ジャム&テリー・ルイスのプロデュース(ジャネット・ジャクソン等で有名)で、ファンキーなのに泥臭くなく都会的で洗練された音作りはたしかに聴きやすく個人的には好きなのだけれど、ヒューマン・リーグの作品というよりはジャム&ルイスのプロデュース作品のひとつという立ち位置なので「Dare」のようなクールなUKっぽさは微塵もない。その後の全英ヒット曲「Tell Me When」(1995年)は「Human」の頃のR&B色はほとんど消え「Dare」時代からのヒューマン・リーグらしさを彷彿とさせるクラッシーな作品である。基本的に彼らの曲は今から聴くといかにものチープなシンセサイザーが80年代臭半端ないのだけれど、どの曲からも感じられるオプティミスティックなオーラは今のアーティストの作品からは得難いものかもしれない。

「Voulez-Vous」ABBA(1979)

ティーヴン・ウィルソンがこの前の11月に来日した時に、ライブのMCでポップミュージックの素晴らしさを散々説いた挙句に世界最高のポップバンドとしてビートルズABBAを挙げたり、客席を見て色んなバンドのTシャツを着ている人がいると言って自分のファンの音楽的な多様性をアピールした後に「明日来るときはABBAのTシャツ着て来てね」と言っていて、「本当にABBAが好きなんだなぁ」と思ったものである。私にとってABBAビートルズと同様、洋楽に本格的にはまる小学4年の頃に音楽好きの叔父を通して父からレコードを貰ったりして知ったもので、当時洋楽と言えばアメリカかイギリスのイメージしかなかったから、ABBAスウェーデン出身と聞いてへぇ~と思ったものである。今でこそスウェーデンといえばスウェディッシュポップありのプログレ入ったデスメタルありの音楽大国のイメージだけれども、ABBAが登場する前は殆どの音楽ファンにとって「スウェーデンって一体どこ?」って感じだったのではないだろうか。ABBAスウェーデンでどれぐらい偉大な存在かというと、今から7年前ぐらいにストックホルムのアーランダ空港に入ったときに出口に向かうまでの通路の壁にスウェーデン出身のスポーツ選手やら映画俳優やら誰でも知ってる有名人のパネルがズラズラならんでいるところの、最後の一番大きい場所を占めていたのがABBAだったのである。「うわ、ABBAがトリじゃん」と思ったものだ。ABBAの凄さというのは、とにかく国やジャンルを超えた色んなバンドやアーティストに影響を与えている所だろうと思う。多分80年代後半に大流行りしたユーロビートの源流はABBAにたどり着くのだろうしストック・エイトキン・ウォーターマンが手掛けたカイリー・ミノーグの曲群を聴けばABBAの影響は丸わかりである(ピート・ウォーターマンABBAの熱心なファンであるらしい)が、この辺のメジャーなダンスポップばかりでなく先ほどのスティーヴン・ウィルソンや何とリッチー・ブラックモアのようなHM/HR畑のアーティストまでがABBAの熱狂的なファンであることを公言していることである。ただ、ABBAの作品にはポップでありながらどこかクラシック音楽にも通じる端正さがあり、そこが数々のオーケストラに演奏されたりリッチーみたいなクラオタを惹きつけたのだろう。スティーヴン・ウィルソンについてはプログレッシブ・ロックのカテゴリでありながら人を惹きつけるメロディーを大事にし非常にポップで聴きやすいところにABBAの影響があると思っている。

Voulez-Vous: Deluxe Edition

Voulez-Vous: Deluxe Edition

 

ABBAでお勧めは?と聞かれたらまずはベストアルバム「ABBA Gold」なのだろうけど、個人的に好きなのは6枚目のアルバム「Voulez-Vous」である。強烈でエキゾチックな雰囲気すらある華やかなディスコナンバーであるタイトル曲はじめ壮大なスケールと爽やかで美しいメロディーを持つバラード「Chiquitita」や「I Have a Dream」など、シングルカット曲だけでなくそれ以外の曲も冒頭のダンサブルな「As Good As New」から疾走感あふれる最後の曲「Kisses of Fire」まで欧州の空気を感じさせる洗練された都会のオトナのポップが揃っていて捨て曲のないアルバムである。当時「ABBAはヒット曲を自動的に作れる機械でも持ってるんじゃないか」と言われてたらしいけど、確かにこの時期のベニー&ビョルン(←ABBAの男性メンバー達で作曲チーム)は寝ながら適当に書いても大ヒットになってしまうんじゃないかというぐらいの勢いだっただろうと思う。このアルバムがリリースされた1979年は全世界的に大流行したディスコ・ブームの終焉期にあたり、この翌年にリリースされた「Super Trouper」はあっさりディスコ色を排した落ち着いたバラードの多い王道ポップのアルバムなのだけれど、この「Voulez-Vous」はディスコのスタイルに乗せながらもしっかりABBAのオリジナル曲にしてしまっている所に彼らの非凡さを感じるのである。来年でリリース40周年になるのだけれど、いつ聞いても古臭く感じない時代を超えた名盤の一つと言っていいだろう。この作品に限らず、ABBAの一番の魅力はどんなアレンジにも耐える普遍的な美しさを持つメロディーだと思う。そりゃスティーヴン・ウィルソンが夢中になるのもわかるよね。

【この一曲】「Solara」Smashing Pumpkins(2018)

最近、ビリー・コーガンがオリメン復帰後初となる新譜リリースを控えインスタグラムでファンからのQ&Aに盛んに答えているのだけど、その中で「世界中のファンが(オリメン復帰の)スマパンに来てもらいたいと懇願している中で何故日本はそれほどでもないのでしょうか?」という質問に対し「どうやら日本のファンは僕たちのことを見捨てたようだからね」と答えているのを見て、「まだあの事件(←数年前の某音楽フェスで某人気邦楽バンドのファンが大挙して場所取りをし目当てのバンドの前に出てきたスマパンに対し無視を決め込んでビリーをキレさせた件)を引きずってるのかな」と思ったのだけど、実際日本ではジェームズ・イハとダーシーの人気が特に顕著だっただけにビリーのワンマンバンド状態だった近年のスマパンに物足りなさを感じていたのも確かで、「Zeitgeist」以降のアルバムはビリーの趣味のハードロック色が前面に出すぎていて、ジェームズ・イハ在籍時の甘美で繊細かつポップな要素に魅力を感じていた昔からのファンは次第に興味を失ったのだろうと思う。スマパンの一番の魅力は楽曲にせよメンバーのルックスにせよ一見バラバラな個性を持った要素が奇跡的なバランスでもって一つの場に共存している所にあるので、近年の作品はスマパンなんだかビリーのソロなんだかわからんと言われても仕方がない。今回のオリメン再集結にしても肝心のダーシーが参加してないので「なーんだじゃあ別に日本に来なくてえーわ」と思っちゃった人も日本には結構いるような気がする。正直な話ダーシーでもメリッサでもニコールでも誰でもいいけど女性メンバーはやはり必要だったんじゃないだろうか。オッサンしかいないのは華がないとまでは言わないけどスマパンって感じしないんだよなぁ(笑)しかしそうは言っても日本で新譜が売れればビジネスにかけてはしたたかなビリーも無視できないとは思うので、前からのファンは頑張って新譜を買ってほしいし大いに宣伝してもらいたいものである。


The Smashing Pumpkins - Solara

「Solara」はそのオリメン復帰後第1弾となるアルバム「Shiny and Oh So Bright, Vol 1/LP: No Past. No Future. No Sun.」(←しかし長い名前だな)からの先行曲である。まずアートワークがダサい。まるで旧ソ連時代のプロパガンダポスターみたいだ。しかも曲も「これ、本当にイハが関わってるの?」と疑いたくなるぐらいまんま「Zeitgeist」である。YouTubeのコメントも賛否両論で、本人らも気にしたのかこの次の先行公開曲により往年のスマパン節に近い「Silvery Sometimes(Ghosts)」を持ってきてて、確かにそっちの方が好意的に受け入れられてるけど、新譜の内容に一抹の不安を覚えてしまうのは私だけなのだろうか。

「Revolver」The Beatles(1966)

私はあまりオンタイムでなかった時代のロックの名盤を遡って聴くことをしないタイプなのだけれども、このビートルズの「Revolver」はそんな数少ない名盤の一つである。私が本格的に洋楽にハマるちょうど1年前の小学5年生の時にクリスマスプレゼントにジョン・レノンの「Double Fantasy」を買ってほしいと親に頼んだのが、何故かビートルズの「Revolver」になったのだった。「Double Fantasy」が売り切れていたのか、ジャケットが小学生にはふさわしくないと思われたのか(笑)、あるいはジャケットにオノ・ヨーコが写っていたのが親的に気に入らなかったのか(笑)真相はいまだに謎である。それまでのアルバムとは違いメンバーの顔写真でなくアーティスティックな肖像画のジャケットからしてそれまで私が父や叔父から断片的に教えてもらった「アイドル」のビートルズのイメージとはだいぶ違うなと思ったものである。当時メンバーが傾倒していたLSDインド哲学サイケデリック・ロックの影響がふんだんに盛り込まれた、実験的な要素に溢れたアルバムと言われていて、実際ジョージ・ハリソンの「Love You To」などその典型と言える曲もあるのだけれど、この他にもストリングスを取り入れた「Eleanor Rigby」やコミカルで楽しい諧謔に溢れた「Yellow Submarine」や「Got to Get You Into My Life」のようなファンキーでR&B色の強い曲など実に様々なスタイルをカバーしているアルバムだと思う。しかしハイライトはある意味このアルバムを象徴すると言える最後の「Tomorrow Never Knows」で、そのLSDのトリップ感覚を再現したような、何だか狂気というか「向こう側」に行っちゃってるみたいな非現実的な世界観に小学生ながら衝撃を受けたものである。「みんな凄い凄いというビートルズだけどやっぱりスゲー」と思ったものだ。私の音楽的嗜好に多大な影響を与えたアルバムの一つであり、後に80年代リヴァプール・ネオサイケやマッドチェスター等サイケデリックロックに影響されたバンドに夢中になる下地を作ったアルバムじゃないかと思っている。

Revolver

Revolver

 

 私はビートルズに物凄く詳しいわけではないので「Revolver」が日本のビートルズファンの間でどれぐらいの人気度なのかはわからない。何となくビートルズを聴きたい人に勧める「最初の一枚」ではないという気がしている。一般的な知名度はこの前後の「Rubber Soul」と「Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band」の方がきっと上だろう。しかし収録曲の多くが下の世代の英国オルタナティブ・インディーロックのバンドやアーティストの作品に多大な影響を及ぼしてる点で、本作は英国ロック史の中でもトップクラス級に重要な位置を占めるアルバムではないかと思っている。冒頭曲の「Taxman」一つとっても後のジャム(The Jam)の「Start」、ライド(Ride)の「Seagull」やマンサン(Mansun)の「Taxloss」への影響は明らかだし「Tomorrow Never Knows」もケミカル・ブラザーズの「Setting Sun」はじめ多数のカヴァーやサンプリングが存在する。本作で本格的に取り組んだインド音楽とロックの融合は後のクーラ・シェイカーに影響を与えたのは言うまでもないだろう。かように革新的なアルバムと言ってもいい本作なのだけれど、一方で「Here, There and Everywhere」「Good Day Sunshine」「For No One」のようにポール・マッカートニーが中心の曲はどれもポップで美しいメロディーに溢れてて聴いててほっこりするものが多く、実験的な曲群とのバランスが絶妙なのもこのアルバムのマジックと言えるかもしれない。

【この一冊】Brett Anderson「Coal Black Mornings」(2018)

今回は曲やアルバムでなく、音楽本を取り上げてみたいと思う。スウェードのフロントマンのブレット・アンダーソンが自伝を出版するという話は昨年春頃から出ていて、その時の記事ではスウェードのデビュー前のメンバーで当時ブレットの彼女だったジャスティーン・フリッシュマン(エラスティカ)がブレットと別れてデーモン・アルバーン(ブラー)と付き合いだしたあたりのことも触れているという話だったので、「これはきっとスウェードの衝撃的なデビューやらバーナード(・バトラー)のバンド脱退やらデーモンやジャスティーン他ブリットポップの主要人物がたくさん登場する90年代英国ロックの裏話がてんこ盛りだろうな」と半ばゴシップを期待する下世話な動機で読む気になったものである。しかし実際の内容はその下世話な動機を恥じたくなるような、極めて真面目で手堅い内容であった。ネタバレが嫌いな人もいると思うのでここでは詳しくは書かないけれど、本の大半は家族(特に両親)と経済的に苦しかった子供時代の話に費やされ、ジャスティーンやバーナードとの出会いやスウェード結成に向けて話が動き出すのは本の後半に差し掛かってからなので、本書はスウェードファンやブリットポップ&英国インディーロックファン向けというよりはブレット・アンダーソン個人の熱心なファン向けだと言っていいと思う(もっとも数々のスウェードの曲の由来が随所で語られるのでスウェードファンにとっても興味深い所は多々あると思う)。私などは彼のことをいまだにデビュー時の、知的で華やかで背徳的で反抗的かつナルシスティックで自信満々な「生まれながらのロックスター」的なイメージで見ていたのだけれど、本書を読んでそのイメージはかなり覆された感がある。正直な話「もっとはっちゃけても良かったんじゃないの~?」という気持ちもないではないけれど、本書全体を通じて伝わってくる謙虚さ丁寧さ真摯さはいかにも英国紳士的であり、これまであまり語られなかった彼の魅力を再発見することと思う。そしてその彼の人格形成に最も大きな影響を与えたのがこの本の前半でじっくりと語られる彼の家族である。経済的には食べるものにも困るほど困窮していたにもかかわらず芸術を熱愛する両親や姉を通して日常生活の中で音楽やアートや文学に幼少時から触れることができたことはブレット少年にとって幸運であったことは間違いないであろう。教養を与える/得るのにお金は全く関係ないということを痛感させられる。

Coal Black Mornings

Coal Black Mornings

 

 本書はKindle版が出ていたので原書にチャレンジしたのだけれど、正直言って原書の英文は非常に手ごわい。スラングの多用こそないものの難解な単語が多くやっぱり英語ネイティブの語彙力って半端ないのね~と泣く泣く何度も辞書を引いたものだ。内容の真面目さも手伝ってまるで大学の英語の副読本を読んでいるような気持ちになるので、よほど英語の勉強をしたい人以外は日本語訳を待ったほうがいいかもしれない(出るのか?)。それにしても(前回紹介した)ブラーの「13」や初期スウェードのバンドイメージに大きな影響を与えたジャスティーンという人は色々凄い女性だったんだなぁと改めて感心するばかりである。ジャスティーン本人は現在アメリカを拠点に画家として活躍しているけれども、彼女にもぜひ回想録を書いてもらいたいと思うのは私だけではないと思う。