sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Odyssey: the Destroyer of Worlds」Voices From The Fuselage(2015)

Voices From The Fuselage(以下「VFTF」)は英国ノーザンプトン出身のプログレッシブ/オルタナティブロックバンドである。ここで度々取り上げているAshe O'Hara(元TesseracT)が元々在籍していたバンドで、2011年末に4曲入りEP「To Hope」をbandcamp経由でリリースし、その後2012年にAsheがElliot Colemanの後任ヴォーカリストとしてTesseracTに加入したことで活動を休止していたのだが2014年にAsheがTesseracTを脱退したのを受けて活動を再開したものである。この「Odyssey: the Destroyer of Worlds」はVFTFの初のフルアルバムであり、既に昨年夏にbandcampやiTunes等デジタルダウンロードでリリースされていたものであるが、つい先日(このアルバムにも参加している)John MitchellのレーベルWhite Starと正式契約しこのたびめでたくCDリリースとなったものである。これを機に日本盤も出てくれるといいのだけど、何しろカテゴライズの難しいバンドであるので、 取り上げてくれそうな雑誌も日本ではちょっと見当たらないのが何とももったいないことである。Asheもルックスはアイドル級なのにな~(←「ただのデブいヒゲのオッサンじゃん」という意見は却下)

Odyssey: the Destroyer of Worl

Odyssey: the Destroyer of Worl

 

 その経緯からどうしてもTesseracTと比較されることが多いのだが一言で言ってVFTFの音楽はTesseracTに比べて非常に甘口である。以前別のブログで「究極の癒し系メタル」と書いたことがあるのだが、音はかなりヘヴィーでありながら全くうるささを感じさせないのはAsheの天真爛漫かつ透明感あふれる優しいヴォーカルを最大限に尊重した音作りによるところが大きい。全体的に叙情的で繊細で美しいメロディーの楽曲が揃っており、プログレッシブメタルのカテゴリとはいえ全然難解じゃないしむしろ非常にメロディアスで優しい作風なのでメタルは苦手という人にも自信を持って勧められる1枚だと思う。Asheがヴォーカルの「Altered State」はTesseracTの作品の中でも特に評価の高いアルバムで、人によっては最近作の「Polaris」よりもこっちのほうが好きという意見もあるようだが、「Altered State」は例えて言えばとびきり上質なチョコレートを赤ワインと一緒にステーキのソースにかけてその一見ミスマッチのようで実際は絶妙なコンビネーションを感心しつつ味わうようなところがあるのだが、「Odyssey: the Destroyer of Worlds」は同じチョコレートにクリームを混ぜて練り上げたひたすら口どけなめらかなトリュフみたいなところがある。高級料理のアクセントに使われるのもいいけどやっぱりチョコレートはチョコレートとして食べたいんだよね~。ただ「Odyssey~」はTesseracT時代と違いAsheの本来の声域で歌われているため「Altered State」での彼の超絶ハイトーンヴォーカルが好きな人にとっては本作は少々物足りなく感じるかもしれない。むしろ最初のEP「To Hope」のほうが全体的に高い声域で歌われているので聴きごたえあると思うが、ハイトーンだけがAsheの売りではないし、むしろ彼の中音域のウォームで甘さを帯びた優しいヴォーカルも充分注目に値するものだと思う。本来ならメジャーに売れてもおかしくないぐらいわかりやすく親しみやすいメロディーを持ったバンドなので今後も頑張ってもらいたいものである。っていうか本来今年中に2ndアルバムが出る予定だった気がするのだが一体どうなったんだろう。

「Mad, Bad, and Dangerous to Know」Dead Or Alive(1987)

実は前回のジュリアン・コープの記事を書いた後から「次はリヴァプールつながりでデッド・オア・アライヴ(以下「DOA」)にしよう」とこの数ヶ月間ずっと考えていたのだがずるずると先延ばしにしているうちにピート・バーンズが心不全で急逝したというニュースが入ってしまった。数年前にも命を落としかねないレベルの大病を患っていたことがあったから今回の死因はその時のと無関係ではないと思う。近年は整形依存の元ロックスターといういささか興味本位的な企画番組で取り上げられることのほうが多いピート・バーンズであったが、全盛期のDOAは(特に日本では)80年代の一大ブームであったユーロビートの第一人者として大人気だったのである。しかし最初からユーロビートの人として認知されていたわけではなく、彼らが「You Spin Me Round (Like a Record)」の大ヒットで日本の洋楽雑誌でも取り上げられるようになった1985年頃は中性的で妖艶なルックスから「ボーイ・ジョージのライバル」という扱いであった(ピート本人もしょっちゅうボーイ・ジョージの事を聞かれるのでうんざりであったらしい)。この「You Spin Me Round」は基本的にはダンスポップなのだがピート・バーンズの(中性的な容姿とは対照的な)唸るようなアグレッシブな低音ヴォーカルにより、まごうことなきロックとして成立している彼らの一番の代表曲である。ちなみに前述のジュリアン・コープとの関連だが、ジュリアン・コープとピート・ワイリーは(後のエコー&ザ・バニーメンの)イアン・マッカロクと組んでいたクルーシャル・スリーというバンドの後に、ピート・バーンズとThe Mystery Girls(これもカルチャークラブの「Mystery Boy」を彷彿とさせる妙な因縁を持つ名前である)を結成しており、このメンバーで後のティアドロップ・エクスプローズの代表曲の1つとなる「Bouncing Babies」を演っていたということである。そもそもDOAは最初からダンスビートを取り入れていたわけではなくそのごく初期はエコバニやティアドロップ・エクスプローズみたいなネオサイケ風の音楽をやっていた。正直こっちのほうがいいのにと思ってしまうのは私の個人的趣味であって、やはりその後大胆にダンスビートを取り入れたからこそ後に強烈な個性の持ち主として独自の立ち位置を構築しえたのだと思う。独自の立ち位置といえばバイセクシュアルがそう珍しくない世界とはいえピートのように女性と男性の両方と結婚までした人というのはそうそういないのではないだろうか。整形回数の異常な多さも含めて何かと規格外の人であったと思う。 

Mad Bad & Dangerous to Know

Mad Bad & Dangerous to Know

 

この「Mad, Bad, and Dangerous to Know」は当時「ブラン・ニュー・ラヴァー」という邦題でリリースされていたDOAの3rdアルバムである。一般的にDOAの代表作はその前のアルバム「Youthquake」なのだけれど、やはりどうしても例の「You Spin Me Round」が突出しすぎているし、よく聴くとニュー・オーダーや(当時一世を風靡した同郷の)フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのパクリみたいな曲もあってまだ粗削りなところが多い。その点本作は「Brand New Lover」「Something in My House」「Hooked on Love」「I'll Save You All My Kisses」と粒揃いのシングル曲がバランスよく収まっておりアルバム全体を通してこの時期ノリにノッていたストック・エイトキン・ウォーターマンのプロデュースによる洗練されたダンサブルなシンセポップが詰まっている。さらに何と言ってもジャケットが美しい。洗練された中にもダークで物憂げでDOA初期のゴスの雰囲気も漂う傑作だと思う(写真はBob Carlos Clarke)。しかしDOAがロックバンドとしての有効性を保っていたのはこのアルバムまでで、その次の「Nude」においては完全にユーロビートへ変わってしまっている。この「Nude」に収録の「Turn Around and Count 2 Ten」など日本では随分ヒットした記憶があるのだが先ほど本国イギリスのナショナルチャートを調べたら70位といささかショッキングな順位でビックリであった。改めてDOAの全英シングルチャートの成績を見てみるとトップ10内に入っていたのは「You Spin Me Round」(最高位1位)だけであり、本国では彼らは日本で以上に一発屋なイメージだったのだろう。晩年のピート・バーンズは整形を繰り返し往年の妖艶な美貌は見る影もなくなってしまっていたが、やはり私の中では彼は今でも本作のジャケットのような、華麗で妖艶かつ野性味も漂う美貌の持ち主なのである。整形依存ネタがメインとはいえ日本のTV番組で度々取り上げられたおかげで現在も若い世代の音楽ファンがピート・バーンズの往年の美貌やDOAの音楽に興味を持つようになったのはよいことであった。本当はもっとピート及びDOAについては個人的思い入れもあり色々書きたいことがたくさんあるのだが今はとにかくこれ以上波乱万丈の人生もなかろうという一生を駆け抜けたピートにお疲れさまと言うにとどめておく。

「Fried」Julian Cope(1984)

今住んでいるところの近くに川があって、そこでカメがいつも数匹甲羅干しをしていてとてものどかな光景なのだけれども、「亀の甲羅と言えばジュリアン・コープじゃないか」と思い出したのはつい先日の事だった。日頃よりマンチェスターよりリヴァプール派、スコットランドよりウェールズ派を標榜している自分としてはかなり迂闊なことである。何と言ってもジュリアン・コープは生まれこそ南ウェールズ(育ちはイングランドのタムワース)であるが彼のバンドTeardrop Explodesはエコー&ザ・バニーメンと共に80年代リヴァプール・ネオサイケを代表するバンドなのだから。でも90年代ブリットポップのファンだとブラーの「Pressure on Julian」のジュリアンだというイメージのほうが強いと思う(ブラーにはこのほか「Coping」という曲もある)。尤も現在は本業の音楽より日本ロック史本「Japrocksampler」の著者としてのほうが知られているかもしれない。そもそも80年代リヴァプール・ネオサイケ自体がマンチェスター勢に比べてそれほどメジャーな存在ではない上に、活動期間が短かったためエコー&ザ・バニーメンと比べても日本におけるティアドロップ・エクスプローズの知名度は低かった。彼らのアルバム、特に1st「Kilimanjaro」などは派手派手しいトランペットやピロピロ鳴るオルガンがいかにもB級な雰囲気を漂わせているのだけど、「Treason」「Reward」等当時のヒット曲の他、ブラーの「Colin Zeal」の元ネタみたいな「Sleeping Gas」や当時彼らの追っかけをしていたコートニー・ラブについての歌じゃないかと噂された「When I Dream」等様々なエピソードを持つ曲が収録されており、90年代ロックファンにとっても興味深い作品だろうと思う。しかし何しろメンバーが安定しないバンドだったようで3作目を制作中にバンドは空中分解してしまうのだが、この時期の曲を聴くと当時流行りだったシンセポップ路線で明らかに迷走していたのがわかる。その後リリースされたジュリアン・コープのソロ作品はいずれもネオサイケをベースとしたロック路線だから、Tエクスプローズの終盤は彼にとって不本意で不満だらけだったんじゃなかっただろうか。

Fried

Fried

 

 「Fried」はジュリアン・コープの2ndソロアルバムである。冒頭で触れた「亀の甲羅」の意味がこのジャケットをみれば分かるだろう。まあよくもこんなデカい甲羅を探してきたものだと妙なところで感心してしまうが、当時はこのジャケットも「頭おかしい」と叩かれたようである。しかし中身はいたってまともで英国ロックらしく内省的でメランコリックながらも美しいメロディーを持つ曲が揃っている。冒頭の「Reynard the Fox」は6分にもわたるダークでラウドな大作だが、その次の「Bill Drummond Said」はサイケなギターがフィーチュアされたポップなアコースティック曲である。しかし何といってもこのアルバムのハイライトは「Sunspots」だろう。比較的穏やかでおとなしい曲が多い中、この力強いギターと朗々と歌われるジュリアンのヴォーカルは出色である。この次のアルバムの「Saint Julian」のほうがより派手でラウドなロックをやっていて、一般的にはそっちのほうがジュリアン・コープの代表作と言われているけども、自分は「Fried」の、曇り空の英国の田園風景のような佇まいが何とも好きで繰り返し聞くのはこちらのほうである。しかし当時のチャートアクションはかなり悲惨で、全英87位というちょっと信じられないような順位に甘んじている。アイランド移籍後初となる「Saint Julian」が全英11位だったことを考えると当時のレコード会社(ポリグラム)に売る気がなかったのか、メジャーから出すにはあまりにも作品が内省的過ぎたのか、それとも例の亀の甲羅ジャケットが大衆から敬遠されたのか(笑)はわからないが、今ではジュリアン・コープ作品の中でも特に評価の高いアルバムとなっている。この前マニックスのジェームズがこの「Fried」をフェイバリット・アルバムの一つに挙げていて「Saint Julianじゃないんだ」とちょっと意外に思ったのだけど、「Fried」の穏やかでポップながらどこか寂しげでメランコリックな楽曲群は、マニックスとも共通するところがあるのかもしれない。

「War」U2(1983)

中学時代の一時期にU2に入れ込んでいたことがあった。多分当時の彼らの、荒涼とした曇り空に向かって熱く叫ぶような音風景が当時の私の中二病ど真ん中のメンタリティーにマッチしていたんだと思う。当時、よく聴いていた米軍放送FEN(現在のAFN)で頻繁にかかっていたのも大きかった。当時デュラン・デュランカルチャー・クラブ等華やかなルックスのバンドが多かった中、U2の無骨で硬派なところに新鮮な魅力を感じたものである。アイルランド出身というところにも物珍しさを感じていた。確かにシン・リジィやエンヤなどアイルランド出身のビッグネームはいるけれども、今でもアイルランド出身で日本で知られているレベルのバンドは英国出身のバンドに比べてそんなにいないんじゃないかと思う。初期のU2を特徴づける、冷気を帯びた鋭利な刃物のようなジ・エッジのギターの音はまさにアイルランドの荒野を思い起こさせるものであった。そのエッジの硬度の高いギターにどこか青臭くもエモーショナルで熱血一直線のボノのヴォーカルのコントラストはドラマチックで、当時の私のような中二病真っ盛りの洋楽ヲタを熱狂させるに充分であった。

War

War

 

 「War」は初期U2を代表する3rdアルバムである。まずジャケットが最強にカッコいい。およそ世の中の一切の不正や欺瞞を許さないといった風情の鋭い眼差しを持った少年の写真である。「Sunday Bloody Sunday」「New Year's Day」「Two Hearts Beat As One」等ヒットシングルも多いがその他の収録曲も軒並みレベルが高い。1st「Boy」や2nd「October」ではどちらかというとモノトーンな印象の、シンプルでストレートな曲が多かったのだが、この「War」では女性コーラスを取り入れたりよりバリエーションに富んだ作品となっている。しかし聴く者に妙な緊張感を強いる生真面目さがアルバム全体を覆っているのも事実で、上の世代からは「青臭い」と映るであろう真摯さ・潔癖さ・ナイーブさが当時の中二病全開だった私には非常に共感を覚えるものだった。実は私が夢中になってU2を聴いていたのはこの「War」までで、次の「The Unforgettable Fire」を聴いたときに「何か違う」という違和感を覚えたものである。ブライアン・イーノやダニエル・ラノワ等大御所をプロデューサーに迎えた意欲作だが、妙にアメリカ市場を意識したような音作りがピンと来なかったんだと思う。その後にロック史に残る名盤と言われる「The Joshua Tree」が来るのであるが、恐らく当時の私にはこの時期のブルージーな作品群を楽しむにはまだ充分耳が育ってなかったんだろう。それでも「Rattle and Hum」までは頑張ってついていったんだが、その次の「Achtung Baby」でついに心が折れてしまった。「Rattle~」での泥臭い米国ルーツミュージックから180度方向転換した当世風デジロックに「何考えとるんじゃワレ」と思ったものである。デジロックが嫌いなわけではないが既に当時ビッグネームであったU2がこの手の流行りの音楽をやるとダサさ倍増である。しかしこの路線は本人たちもお気に入りだったようで「Discotheque」のPVではミラーボールの下で4人一列に並んでアホなダンスを嬉々として踊る姿に頭を抱えたくなったものである。最近はまた昔のギター中心のロックに回帰しているようだけれどあの「Achtung Baby」「Zooropa」「Pop」のデジタル三部作はいったい何だったんだろう。しかしこれらの作品からU2のファンになったという人も結構多いから多分私の感性のほうがイケてないんだろう。前々から気になっていたんだがU2を1stから最新作まで一貫して好きというファンはどれぐらいいるんだろうか。単にボノのファンで「どんな曲でもボノが歌えば超オッケー」みたいな人たちなのかもしれないけど。

 

「Madonna」Madonna(1983)

私は長年オルタナ/インディー系中心にUKロックを主に聴いてきたのだけれど、女性ヴォーカリストに関してはどちらかというとメインストリーム寄りのポップスの歌手やグループのほうを聴くことが多い。以前ここで取り上げたソフィー・エリス=ベクスターは元々theaudienceというブリットポップのバンドの出身なのだけれども、自分が夢中になって聴きだしたのはその後にメジャー路線に転向したソロ時代からだからな。理由は例によって論理的には説明できないが、多分これから取り上げるマドンナの存在が大きかったからなのだろうと思う。マドンナはその大仰な名前(本名である)とキャッチーなメロディーのダンスポップとセクシーで派手なファッションで注目を浴びたのだが、こういうタイプの女性歌手は日本人受けが悪く、当時同じころにデビューしたシンディ・ローパーと比較されていた頃には自分の周りの女子学生は皆シンディ派であった。客観的に考えればシンディ・ローパーのほうが小柄で可愛いし人柄もよさそうだし何と言っても歌唱力が上である。わたしも嫌いではない。でも自分は当時のマドンナの持つアングラ的というか「胡散臭い」雰囲気のほうが面白かったんだと思う。アメリカのショービズ界における「セクシーなブロンド美女」のステロタイプなイメージをこれでもかとデフォルメしたかのような雑なブリーチにケバいメイクに「BOY TOY」と大きな文字で書かれたベルトにへそ出しミニスカートといういで立ちの当時のマドンナを見て正直「うわー、苦手」と思った人も多かったんじゃないかと思うが、当初清純派のイメージでデビューして、その後セクシーなオトナ路線に転向してファンやメディアから叩かれる女性ポップス歌手たちを見ていると、最初からビッチなイメージで登場したマドンナは賢かったんだと思う(まあデビューが24と当時の女性歌手としてはやや遅かったこともあるんだろうけど)。この彼女のキッチュでオリジナリティー(?)溢れるファッションは当時アメリカの若い女の子の間でも受けがよかったようで、マドンナのファッションを真似る「ワナビーズ」なるものが大量発生したようだ。日本でもマドンナに多大な影響を受けた女性歌手は数多くいた。ファッションまで丸パクリの本田美奈子レベッカNOKKO、そしてマドンナのキャラクターを日本向けに再構築したような松田聖子は有名な例だと思う。当時のアーティスト達にとってはマドンナのペルソナが内包する「強い女」「自由な女」の部分に共感や憧れがあったんだろう。本国でも「ポスト・マドンナ」と言われた女性歌手は数多くいたが、やはりファッションだけ真似ても意味はないのかいずれも短命に終わっている。現在最もマドンナと比較される女性歌手はレディー・ガガだろう。でもさすがにガガ様のファッションを真似る人はそうそういないだろうけども。

Madonna

Madonna

 

 この「Madonna」はマドンナのデビュー・アルバムである。一般的にはその次の2nd「ライク・ア・ヴァージン」のほうが有名だが、個人的にはマドンナの原点であるダンスポップが堪能できる本作のほうを聴くことが多かった。今でこそR&B入ったダンスポップを歌う女性歌手は当たり前のようにいるが、当時ここまでR&B色の濃いダンスポップを歌う白人女性歌手はほとんどいなかったんじゃないかと記憶している。この辺は当時マドンナのBFとして知られ、後にホイットニー・ヒューストンのプロデューサーとしても知られることになるジョン・”ジェリービーン”・ベニテスの貢献が大きいだろう。でもこのアルバムの一番の魅力はまだマドンナが本格的なスターダムにのし上がる前の粗削りというか、アングラっぽい感じというか、良い意味での素人っぽさなんだと思う。今このアルバムを聴くとやっぱりシンセサイザーの響きが80年代丸出しでチープなのだけど、それゆえに過度に作りこまれていない素のマドンナが前面に出ていて却って愛おしくなる。個人的にマドンナがトレンドセッターとしての役割を持っていたのは1992年の「Erotica」ぐらいまでだと思っていて、その後「Bedtime Stories」(1994)「Ray of Light」(1998)と立て続けに大ヒットアルバムを連発するものの、個人的にはピンと来なかったというか、逆に当時のトレンドに無批判に乗っかってしまったような印象を受けたものである。ちょうどその頃ビヨンセで有名なデスティニーズ・チャイルドスパイス・ガールズのような勢いのある女性歌手が次々と登場したことも影響があるんだろう。もちろん彼女たちに対するマドンナの影響は大だろうけども、もう最近のマドンナはどこか歌手としては現役感が薄れているのも事実である。この前来日公演で開始時間に2時間も遅れたなんていう話があったけれども、ああいうのは80年代の全盛期にやって辛うじて「しょうがないね~」と許される類のものであって今やっても「ふざけんなこのBBA」とブチ切れる人が出ても当然である。しかしこれは全くの主観だがマドンナもこの「イケ好かないBBA」のイメージは自分でも嫌いじゃないと思う。結局「強い女」「自由な女」というのはある属性の人にとっては「イケ好かないBBA」だからね。余談だが私は高校受験も大学受験も勉強している間や試験会場に行く間にマドンナのアルバムをヘビロテしたものである。結果はどちらも合格だったのでひょっとしてマドンナにはパワースポット以上のご利益があるのかもしれないよ?

「Metal Resistance」BABYMETAL(2016)

BABYMETALの魅力についてはもう既に熱心なファンの方のブログやAmazonレビューでいくらでも語られているが、やはり「アイドル」と「メタル」という組み合わせの「意外性」に尽きると思う。元々アイドルに象徴される刹那的な少女性はどちらかというとパンクと親和性の高いものだからだ。一方メタルの世界も今や女性アーティストは珍しくないがそのほとんどがセクシーな「オトナのお姐さん」達である。この点でBABYMETALは音楽性においてもアティテュードにおいても本来の意味での「オルタナティブ」な存在といえる。しかもリードをとるSU-METALのヴォーカルは全く「メタル」的でないし、YUIMETALとMOAMETALのヴォーカルに至っては純然たるお嬢ちゃまロリポップである。それ故に「感覚的に無理」という人の気持ちは理解できる。デビュー当時は「何だこれは?」と海外のメディアやメタルファンの間でも激しい賛否両論が起こっていたが、そんな論争を巻き起こすことこそロック的じゃないだろうか。しかし批判するならしっかり彼らの音楽に向き合った上で批判してもらいたいものだ。先日ピーター・バカラン、じゃなくてバラカン氏がBABYMETALについて「あんなまがい物によって日本が評価されるなら本当に世も末」などと貶していたがたまたま自分の好みじゃないタイプの音楽について「まがい物」だの「世の末」だのとよくもまあ自信満々に断言できるものだと呆れるしかない。大体ロックにまがい物も本物もあるんだろうか?だからアンタはバカランなんだよ、と言いたくもなるがそれでは同じ穴の狢になってしまうかもしれん。
彼女たちの凄さはとにかくステージの中でも外でも「プロフェッショナル」に徹していることだと思う。今のアイドルは「親しみやすさ」「等身大」「共感が持てる」を前面に出しているのに比べ、BABYMETALの場合は握手会も私生活の切り売りもないので、どこか神秘的で謎めいていてどちらかというと昭和時代の「スター」、あるいは「アニメの世界」から出てきたような非現実感が漂っている。これらは元々ロック・エンターテイメントとしては「王道」であるものだ。全盛期のデヴィッド・ボウイやKISSやクイーンだってある意味キワモノで漫画的だったではないか。大体80年代をリアルタイムで経験している私に言わせればミュージシャンにはその辺を歩いているような格好でステージに上がってほしくないんである。こっちは決して安いとはいえないお金を払ってCDを聴いたりライブに行くのだからそれ相応の「夢」を見せてもらわないと困る。
BABYMETALが予想外の絶賛をもって受け入れられたのは、現在アイドルポップ界もメタル界も共に飽和状態にあって、「何か新しいもの」「何か面白いもの」を求める空気がファンコミュニティーの間で醸成されていたからだと思う。いや、メタルに限らずロック全体が現在先細りの危機感を抱えているからこそのBABYMETALが期待感を持って受け入れられたとも言えるかもしれない。恐らく90年代のグランジ/オルタナブーム等で米英ロックシーンが盛り上がっていた頃にデビューしていたらそれこそ極東から来た「キワモノ」「企画物」で終わっていただろう。英メタル・ハマー誌や英ケラング誌がBABYMETALを何度も特集して「我々の仲間」としてメタル・コミュニティーの中に取り込んでくれるのは、80年後半以降英国で急速に下火になっていたメタルシーンを再び盛り上げるには旧来のメタルとは異質な要素を積極的に受け入れざるを得ないということを痛いほど認識しているからなのだろう。この点BABYMETALをいまだに全く無視し続ける我が国の某誌の態度は頑迷ともとれるしある意味周りに流されない確固たるポリシーの持ち主ということもできる。しかし今や某誌やバカラン(←しつこい)のような「権威的な存在」に認められないことはロック的な意味ではむしろ名誉なことなのかもしれない。
METAL RESISTANCE(通常盤)

METAL RESISTANCE(通常盤)

 

 「Metal Resistance」はそんなBABYMETALが満を持して送り出した2ndアルバムである。一言で言えばメロスピ、スラッシュ、メタルコア、ヴァイキングメタル、プログレメタル等「メタルの各サブジャンルの一番美味しい部分」をこれでもかと詰め込みまくった「メタルの見本市」的作品だ。アイドルポップ寄りだった1stに比べるとメタルファンには音的に整理されていて聴きやすいアルバムだと思う。しかも1曲1曲の完成度が高く全く捨て曲がないのは驚異的である。「まがい物」と言い切るには制作側も演奏側もメタルに対する愛情と本気度が尋常でない。特にラスト2曲の「ドリムシよりドリームシアター的な」超絶技巧プログレッシブメタル的展開は正直言って反則ですらある。ドリムシ好きの私が否定できるわけないではないか。

しかし今後この路線を推し進めてメタルとしての純度が更に上がっていくと今度は「フツーの女性メタルバンド」に落ち着いてしまう危険性も本作は孕んでいる。例えば10曲目の「No Rain, No Rainbow」など全くまっとうなメタルバラードである。SU-METALならその路線で将来進んでもそれなりに成功するかもしれんがやはりYUI&MOAのダンスとキャピっとしたお嬢ちゃまヴォーカルがないと「オルタナティブ」感はない。やはり「あわだまフィーバー」や「GJ!」みたいなアイドル歌謡曲の良い意味での「臭み」は残してもらいたいものだ。
「美人は三日で飽きる」のだ。BABYMETALにはいつまでも「何じゃこりゃ?」的なサプライズを提供するスタンスでいてもらいたいのである。まあそろそろ衣装のコンセプトは変えてもいい頃かもしれん。本人たちだってたまには全然違うタイプの衣装を着てみたいと思うんだけどな。

【interlude】このブログのスタンスについて

「こんなのブログを始めるときにやれよ」という話だが、このブログはあくまでも「いちリスナーが自分の好きなアーティストやアルバムについて超個人的な感想を語る」ためのものであって、いわゆる音楽レビューではない。音楽レビューならここよりはるかに洗練された文章力を持ち有益な情報に溢れたブログが世の中にたくさんある。そのようなブログではアーティストや作品に関する情報がより体系的に整理され、「なぜこのアルバムが良いのか(orダメなのか)」が多くのリスナーに説得力を持って伝わるように客観的かつ論理的に語られていれるが、そのような客観的/論理的思考は自分はとても苦手であるし、また誰かに説得力を持って語れるほどに特定のジャンルに精通しているわけではない。

そもそも洋楽における自分の属性がよくわからない。昔はニューウェイヴやUKインディー中心に聴いていたがブリットポップでさえも自分から積極的に聴いていたバンドは3~4つ程度とかなりの偏食だったし最近のバンドに至ってはもう名前すら分からない。どちらかというと今はHR/HMプログレを聴くことが多いが自分は決してメタラープログレッシャーではない。しかしここのブログの最近の傾向である「部外者が超いい加減にメタルやプログレを語る」スタンスは自分でも嫌いではない。

これは日頃から感じていることだが、世の中にもっと「ミーハーに語る」ブログがあってもよいのではないだろうか。多分また今後の記事で度々触れると思うが、ブログでも雑誌でもあるジャンルの音楽的純度に固執するよりは他ジャンルの要素を貪欲に取り入れた「何でもあり」的多様性を受け入れたほうがそのジャンルの長期的な発展のためには望ましい。そのほか音楽性や作品だけでなくバンドのルックスや言動を楽しく茶化したりネタにしたりするようなブログがもっとあってもよいと思う。10年以上前にはそのようなブログやサイトが結構あったと思うのだが、多分そのようなスタンスのものは真面目なファンやリスナーの批判&攻撃&嘲笑対象になりやすいから今では誰もあまり手を出したがらないのだろう。でも自分はそういうのがもっと読みたいんだよね。