sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「The Long Road Home」Danny Worsnop(2017)

私の長年の疑問の一つに「何故イギリス人ミュージシャンはブルースやカントリーが好きなんだろう」というものがある。自分の乏しい知識の中でもU2の「ヨシュア・トゥリー」、プライマル・スクリームの「Give Out but Don't Give Up」、シャーラタンズの「Us and Us Only」そしてポール・ウェラーやカタトニア(Catatoniaです念のため)のケリス・マシューズのソロ作品等々挙げられるからその系の音楽に詳しい人ならこの10倍は軽く思いつくだろう。個人的に20代の頃までこれらルーツ・ミュージックと言われる米国南部音楽の泥臭くも渋いカッコよさが全く分からなかったので、デビュー時は純然たる英国ギターロックで出発したバンドが途中で米国南部音楽に目覚めてその系の音楽に影響されたアルバムを出す度に「あんたもそっち行っちゃうの?」と複雑な気持ちになったものだ。彼らの米国南部音楽への傾倒はローリング・ストーンズなど先駆者たちの影響はもちろんあると思うが、その背景にはかつてU2が痛感したという「ロックをやる以上、そのルーツである米国南部音楽の素養も必要なのでは」という実に生真面目な動機に基づいているのではないかと推測する。あるいいはもっと漠然とした、これらルーツ・ミュージックが象徴する「アメリカ的なもの」に対する憧れなのかもしれない。元々自分の育った文化になかったものを一生懸命吸収しようとする彼らの姿は実に愛おしく思えないだろうか。

このブログでダニー・ワースノップを取り上げるのはWe Are Harlotの1stおよびAsking Alexandriaの3rd(「From Death to Destiny」)に引き続きこれで3度目である。しかし彼ほど短期間のうちに音楽のスタイルを劇的に変えつつ、それぞれの分野で高い評価を得てきたアーティストというのもそうそういないように思う。そのコアとなっているのはもちろん彼の骨太でパワフルな歌唱力にあるのだけれど、メタルコア(アスキン)とハードロック(We Are Harlot)という互いに異なるジャンルに求められる歌唱スキルをあっという間にものにしてしまうセンスは天性のものだと言わざるを得ない。しかし目下ダニーのマイブームはカントリーである。メタルコアからハードロックへの彼の移行には何とかついてこれたアスキン時代からのファンでもさすがにカントリーとなると「え~そっちに行っちゃうの?」感があるのではないだろうか。とはいえ基本は純然たるカントリー音楽というよりはアメリカンハードロックにも通じるカントリーロックなので、少なくともWe Are Harlotが好きな人であれば現在のソロでのカントリー路線も余裕で楽しめるだろうと思う。

The Long Road Home

The Long Road Home

 

 「The Long Road Home」はダニーのソロ第1弾となるフルアルバムである。元々は「The Prozac Sessions」というタイトルだったのだが権利上の問題で変更を余儀なくされたものらしい。とはいえ収録曲には「Prozac」というタイトルの曲がそのまま残っており本作のテーマであるこれまでの彼の波乱に満ちた人生と絶望と後悔と酒と酒と酒というコンセプトは損なわれていない。当初「30曲入り2枚組アルバム」を想定し曲をたくさん書きためていたのを最終的に12曲まで落としたので、1曲1曲が非常にクオリティーの高い実に内容の濃いアルバムとなっている。このアルバム一つとっても「メタル系ボーカリストがカントリーやってみました」というノリではなく真面目にカントリー歌手としての活動に真剣に取り組んでいるのが好感が持てる。エモーショナルで哀愁に満ちた「Prozac」「Anyone But Me」「Quite A While」、明るく享楽的な「Mexico」、軽快で諧謔に満ちた「I Feel Like Shit」「Don't Overdrink It」、ハードロック的パワフルさ溢れる「Midnight Woman」等々バラエティーに富んでおり私のようにカントリーに全く未知なリスナーでも聴いてすぐにその良さがわかるアルバムである。というか何だかんだで様式こそアメリカ音楽ながら基本的なメロディーセンスにイギリス人ならではの端正さが見え隠れするしむしろこの点においてブリットポップやUKギターロックのファンにも勧められるものだ。実はこのアルバムを聴きながら私が思い浮かべたのはブラーのブリットポップ期の作品群やポール・ウェラーの「Wild Wood」~「Heavy Soul」あたりのソロ作品群だった。曲が似てるというわけではないけれどどこか空気感とかフィーリングが共通するものがあるように思う。その出自からどうしてもメタルコアのイメージの強いダニーだけれど、どちらかというとメタルは苦手という人にこそ先入観抜きに聴いてもらいたいアルバムである。できればソロで来日してもらいたいものだけど、ジャンル的にフィットするフェスやイベントが果たして日本にあるかな。

「Ghost in the Machine」The Police(1981)

私が本格的に洋楽オンリーの生活に入る少し前の小学5年生の頃によく聴いていてたバンドがポリスだった。多分バンド名が小学生的にもわかりやすかったんだと思う。当時の音楽誌に載っていた3rdアルバム「ゼニヤッタ・モンダッタZenyatta Mondatta)」の広告が妙に気になっていたものだ。全員金髪というのもインパクトがあったし「銭やったもんだった」みたいなタイトルも面白かった。しかし何しろ当時全くお金のない小学生であったので、FM番組のポリス特集みたいなのを探してエアチェックするぐらいの事しかできなかった。ちなみにちょうどこの時期に彼らは初来日を果たしているのであるが前々から注目度の高いバンドだったようでテレビ放映があった記憶がある。当時テレビ音源をライン録音する手段も知恵もなかったのでテレビの前にラジカセをおいて無理やり音を拾ったものだ。3人組でメンバーのキャラも立っていたから彼らの漫画を描いたこともある。しかしポリス漫画を描く小学生って今から考えるとかなり不気味ではないだろうか。余談だが当時住んでいた家の近くのレコード屋ではポリスとThe Jamが一緒のコーナーにされていたのでThe Jamというバンドも名前だけはこの時期に覚えたものだ。後にちゃんとThe Jamを聴くようになるのは何年もたってからである。今から思うと何故この2バンドが一緒にされたのかよくわからない。英国出身の3人組ということぐらいしか共通点がないと思うのだが(しかもスチュワート・コープランドはアメリカ人だし)。ポリスが独特なのは出発点こそパンクでありながら、ジャズ・レゲエ・プログレとそれまでのメンバーたちのバックグラウンドが融合した、他のどのバンドとも異なる、聴けばポリスとすぐわかるスタイルを早いうちから確立していたところだと思う。80年代のラッシュがそれまでの大作路線を離れ「Signals」ではポリスを彷彿とさせるレゲエのエッセンスを取り入れたニューウェイブに寄せた音作りで話題となったが、それだけ当時のポリスの他バンドに対する影響力も絶大だったということだろう。

Ghost in the Machine (Dig)

Ghost in the Machine (Dig)

 

 「Ghost in the Machine」はポリスの4thアルバムである。現在では前3枚および5th「Synchronicity」に比べて少々地味な扱いをされている作品であるが全英1位全米2位と前3枚を上回るチャート実績を残している。私がポリスを好きになってから間もなくリリースされたので、とりわけこのアルバムが思い出深い。メンバーの顔を電卓でよく見るセグメントディスプレイで表現したジャケットも小学生的には面白かった。アルバムタイトルといいジャケットといい、また収録曲の「Spirits in the Material World」「Too Much Information」「Rehumanize Yourself」といった曲名からしても現代社会に対する批判がこの作品のメインテーマと思われ実際にダークで内省的な曲が多い。例外はシングルにもなった「Every Little Thing She Does is Magic」で、個人的には彼らの代表曲「Every Breath You Take(見つめていたい)」よりも断然好きである。現在このアルバムがやや過小評価気味なのはこの後の「Synchronicity」が派手な曲が多いからなのと、このアルバムの持つメッセージ性が、後に社会活動家としても活躍することになるスティングのキャラクターと結び付けられてどこか説教臭く感じさせるものになっているからかもしれない。大体初期の頃のパンキッシュなノリがあったからこそポリスなんて名前も面白かったのに本当に警官っぽく生真面目になっちゃったら胡散臭いだけではないか。しかし音的にはキーボードやホーンがフィーチュアされ前3作よりも世界観の広がった成熟した音作りをしており、この辺は本作のプロデュースを手掛けたヒュー・パジャムの功績なんだろうと思う。一回聴いて良さがわかるというよりはやはり繰り返し聴くごとによさのわかるタイプのアルバムで、後追いでポリスを聴く人にも無視しないでほしいアルバムである(というかポリスは全部揃えたほうが良いんだけど)。

それにしてもこのジャケットの三人、誰が誰だかわからないな。真ん中はどうせスティングなんだろうけど特に左側は何の特徴もなくてかわいそうだ。Wikipediaによると左はアンディ・サマーズらしい。アンディってそんなに特徴ないですかね?

「Private Eyes」Daryl Hall and John Oates(1981)

今でこそ当たり前のように英国派を自称しているけれども、元々自分が洋楽オンリーの道に入ったきっかけはアメリカはフィラデルフィア出身のダリル・ホール&ジョン・オーツだった。小学生の時に偶然見つけて聞いていたFEN(現AFN)でよくかかっていたのがホール&オーツの「Private Eyes」だったのである。その時は(すべて英語だったから)バンド名すら全くわからなかったけれど、当時放映していた「ベストヒットUSA」で偶然かかったPVを見て名前を知り、本屋で「ミュージック・ライフ」誌(以下「ML」)を即購入したのである。それが私にとって初めての洋楽誌であった。今から思うと小学生にとっての洋楽の入り口としては随分と渋い選択だったと思う。当時MLの編集長だった東郷かおる子女史はダリル・ホールのミーハーファンを自称していたしかの雑誌お得意の美青年特集(笑)でも度々ダリルを登場させていたのだが、デヴィッド・ボウイデヴィッド・シルヴィアンジョン・テイラーデュラン・デュラン)等欧州耽美系アーティストがひしめく中ごり押し感はぬぐえず苦笑ものであった。当時「イケメン」という便利な言葉がなかったのでこのような違和感ありありなセレクションとなったのだろう。これはひょっとして私だけの感覚かもしれないが「イケメン」とはルックスやスタイルやファッションが当世風(≒今風)である男性を指すのであって本来の顔の造形の端正さはさほど厳密に求められてないような気がする。ダリルは確かに金髪碧眼長身のイケメンだけれどもソロとしては個性が弱く、やはりジョン・オーツというダリルとはルックスも声質も全く正反対の個性を持つパートナーがそばにいるからこそ本来の持ち味を発揮するタイプだと思う。前にワム!の記事でも書いたのだけど特に「デュオ」においてはどちらか一方だけがソロで活躍できてしまうぐらいの個性と存在感を持ってしまうとその体制を長く維持し続けることが難しくなる。ワム!の場合はジョージ・マイケルが卓越した歌唱力もありかなり早い時期にソロで充分にやっていけるだけの存在感を身に着けてしまったのでわずか活動期間5年で解散してしまったのだけれど、ホール&オーツが1970年の結成から一度も解散することなく現在まで活動を続けてきたのは、やはり彼らの見事な「凸凹コンビ」ぶりによるところが大きいからじゃないだろうか。

元々彼らはブルー・アイド・ソウル(白人ミュージシャンによるソウル~R&B音楽)のデュオとして出発したのだが、やはりジャンルの壁は厚かったのか商業的にはかなり苦戦していたようである。しかしこの時期のホール&オーツに何とJAPAN結成前のデヴィッド・シルヴィアンが興味を示していたらしく「War Babies」(1974年)は彼のお気に入りだったという(何でこの全米86位の地味なアルバムにイギリスのロンドン郊外の一青年が興味を示したのかさっぱりわからないのだが、恐らく当時の彼のマイブームであったモータウン他アメリカのR&B音楽への傾倒と関連があるのだろう)。その後「Sara Smile」「She's Gone」(1976年)「Rich Girl」(1977年)等の全米トップ10ヒットを飛ばすものの当時全世界的に猛威を振るっていたディスコブームに乗り切れずトレンドに逆行するかのようにロック路線に転換するなどしばらくの間低迷していたようである。 今でこそロックとR&B音楽の融合など珍しいことでも何でもないが80年代初期は両者の間にはまだまだ分厚い壁があったように思う。かくいう私も当時はオコチャマだったので彼らのR&Bの部分がピンとこなかった。今聴くとギラギラ感の強い80年代の作品群より初期のR&B色の強い作品のほうが心地よく感じるのだけれど、小学生にとってはロックのわかりやすさのほうが魅力だったんだろうと思う。

Private Eyes

Private Eyes

 

 「Private Eyes」はホール&オーツの通算10枚目のスタジオアルバムで彼らの初の全米トップ10ヒットとなったアルバムである(最高位5位)。デビュー当初から彼らが試行錯誤を続けてきたR&Bとロックの融合が初めて実を結んだ作品ともいえるだろう。その前のアルバム「Voices」も「Kiss on My List」(全米1位)「You Make My Dreams」(全米5位)等大ヒット曲や後にポール・ヤングのカヴァーで知られることとなる「Everytime You Go Away」を収録した名盤なのだけれどロック色の強い曲群の多い前半(A面)と渋いR&Bの多い後半(B面)にはっきり分かれているために当時オコチャマだった私にとってB面は何だか敷居が高くてA面ばかり聴いていたので、ロックとR&Bの両者がバランスよく混ざった「Private Eyes」のほうがよりとっつきやすいアルバムに感じたものである。タイトル曲の「Private Eyes」はキャッチーなメロディーが印象的なロック色が強い曲であるが、もう一つの全米No.1ヒットである「I Can't Go for That (No Can Do)」は洗練の極みといえるR&B曲(この曲の特徴的なベースラインを「Billie Jean」で取り入れさせてもらったと後にマイケル・ジャクソンUSA For Africa(「We Are the World」の曲で有名)のプロジェクトでホール&オーツに出会ったときに語ったというエピソードがある)で前者と好対照をなしている。しかしこのアルバムの最も良い所はシングル曲以外の収録曲のレベルが一様に高いところであって、どの曲もシングルカットに耐えられる完成度の高さを持っていると思う。特に後半に良曲が集中しており「Head Above Water」やジョン・オーツがヴォーカルの「Friday Let Me Down」もノリの良いロックナンバーだ。しかし個人的に最も好きで今も繰り返し聴くのが感傷的なメロディーの「Unguarded Minute」である。一般的によく知られているホール&オーツのアルバムはこの次の「H2O」や「Big Bam Boom」であるが、個人的には全盛期に向かって駆け上がっていく勢いの本作が、初めて出会ったホール&オーツのアルバムということもあり特に思い入れのあるものである。後にワム!スタイル・カウンシル等のブルー・アイド・ソウルのユニットが続々と登場するがその潮流を作ったのがホール&オーツであることは間違いない。「もう1人」ネタでいじられていたことも共通だしな。誰だよもう1人って(←どっちとは敢えて言わない)

「4」Foreigner(1981)

これまでの自分の無駄に長いだけの音楽遍歴を振り返ってみると、どうやらプログレあるいはハードロックのいずれかの要素を含むバンドに特に惹かれる傾向があるようで、そのルーツとなっているのは私が洋楽にハマる決定的なきっかけとなったアメリカン・プログレ・ハードである。代表的なバンドとしてジャーニー、スティクス、ボストン、TOTO等が挙げられるが、彼らに共通する明るくキャッチーなメロディーと高度な演奏力に支えられた安定したクオリティの楽曲群から日本の某音楽評論家などは「産業ロック」と揶揄したほどであるが、実際これらのバンドの曲が一時期全米チャートを席巻していた時期があったので半分やっかみも入っていたんだろう。

フォリナーという米英混合バンドもそのプログレ・ハードと呼ばれたバンドの1つで、前回の記事では「現在ではイケてると思われていない」というようなことを書いてしまったのだが、実は彼らの全盛期であった80年代前半も日本の洋楽誌では「フォリナー的」という形容はどちらかというと否定的な文脈で使われることが多かったように記憶している。しかし今にして思えば彼らは洋楽の入り口としては最適な、適度にハードで耳に残りやすいメロディーという解りやすい魅力を持ったバンドで、現在このような位置づけのバンドはちょっと見当たらないのではないだろうか。バンドの半数が英国人メンバーであるせいかジャーニー等と比べどこかメロディーにウェットな哀愁が感じられるのも日本人好みだと思う。ちなみにフォリナーの初期のメンバーであるイアン・マクドナルドは何とキング・クリムゾンに在籍したことがありしかも例の「宮殿」のレコーディングメンバーですらあるのだが個人的にフォリナープログレ要素を感じたことは殆どない。TOTOの初期などは邦題も「宇宙の騎士」だし派手で壮大な盛り上がりをみせる曲が多くてプログレ的ということもできるのだがフォリナーは最初からコンパクトにまとまったハード寄りのメインストリーム・ロックという感じで、彼らがプログレ・ハードといわれるのはぶっちゃけ元キング・クリムゾンのメンバーがいたから(笑)ってだけじゃないかという気もしないでもない。 

4

4

 

「4」はフォリナーの4枚目のアルバムで、当時のビルボード・アルバムチャートで10週連続1位という記録を持つモンスターアルバムである。アルバム名は4枚目ということと、元々6人組だったのがこのアルバムから4人編成になったところから来ている。「4」と大きく描かれたアルバムジャケットもシンプルながらインパクトがあり当時英語のタイトルなど全く無知な小学生だった私にとっても非常に解りやすいものであった。デフ・レパードの代表作「High 'n' Dry」「Pyromania」「Hysteria」を手掛けたことで有名なジョン・マット・ランジによるプロデュースのためか、前作からさらにハードロック寄りの作風に仕上がっている。特に「Night Life」「Juke Box Hero」「Urgent」などを今聴くと「何だこのデフ・レパードみたいなの」と思ってしまう人もいるのではないだろうか。しかし「4」を有名にしているのはこれらハードロック路線の曲群より何と言ってもメランコリックで美しいバラード「Waiting for a Girl Like You」(邦題「ガール・ライク・ユー」)である。ビルボードチャート10週間連続2位という珍しい記録を持ち、当時まだ無名だったトーマス・ドルビーによる冷気を帯びた月光のようなシンセサイザーがとりわけ印象的な曲である。この次のアルバム「Agent Provocateur」からのシングルでフォリナー最大のヒット曲である「I Want to Know What Love Is」もまた聖歌隊がフィーチュアされた壮大なバラードで、結局この2曲が現在のフォリナーに対するイメージを決定づけているように思われるのだが、後追いでフォリナーを知った若い世代の人には是非この「4」を通しで聴いてもらいたいと思う。ハードロックありバラードありノリの良いロックンロールありの非常にバランスのとれた粒揃いの楽曲の揃った名盤だ。

「From Death To Destiny」Asking Alexandria(2013)

英国ヨークシャー出身のメタルコアバンドAsking Alexandria(以下「アスキン」)については既にここで度々触れたことがあるが、実は私がアスキンを知ったのはつい最近のことで以前ここでも取り上げたペリフェリー(Periphery)と同じスメリアン・レコード所属のバンドという認識しかなくしかも当初はAlexandriaという大仰なバンド名からBorn of OsirisやVeil of Mayaみたいなアメリカ出身のDjentなバンドなんかな~と思って期待していたのに曲を聴いたら全然Djentじゃなくて拍子抜けしたものである。ちょうどヴォーカルのダニー・ワースノップがバンドを脱退したばかりでその界隈で大騒ぎになっていた頃で当時はメンバーに関して予備知識も何もなかったから「ふーん大変だね」という感じだったのだがその後にYouTubeでAshe O'Hara時代のテッセラクト(TesseracT)の動画のコメント欄に「このヴォーカルの人、声もルックスもダニー・ワースノップのクリーン版だよね」というのを見つけて「何、じゃあこのダニー・ワースノップというのはバッチくなったアッシュみたいなんか?」と俄然興味を持ったものである。ちなみにこの他にも数件ダニーに似てるというコメントがその動画に散見されたが正直言ってアッシュが似てるのは体型だけで「あんたらデブいヒゲのオッサンならみんなダニーだと思ってるでしょ」という感想しかない。まあダニーも基本はイケメンだけどな。個人的にはこのバンドで一番のイケメン扱いのギターのBen Bruceよりよっぽど端正な顔立ちだと思うのだがどうだろう(←多分誰にも同意してもらえない)。

ところでアスキンはイギリス出身ながらデビュー当初から本国よりアメリカ市場を意識した活動を行ってきたバンドのようで、しかもメンバー達のルックスの良さもあり「何だかデフ・レパードみたいだな」と思ったのだけど、過去の作品を調べてみたら本当にデフ・レパードの「Hysteria」をカヴァーしてて笑ってしまった。何でもこのバンドはやってる音楽はメタルコアながら80年代ハードロックに造詣の深いメンバーが複数いて特にダニーなどは某誌インタビュー動画の「お気に入りの80年代アルバム」として挙げていたのが先ほどのデフ・レパードエアロスミスに加えモトリー・クルーMr.BIG、さらにはフォリナーという、現在では正直言って「イケてる」とは言い難いセレクションに「この人ガチでコテコテのハードロックファンだな」と好感を持ったものである。以前ここで取り上げたジャーニーの「Separate Ways」のカヴァーも原曲に殆ど忠実で曲に対するリスペクトが感じられるものであった。そんな彼らのハードロック趣味が前面に打ち出されたのがアスキンの3rdアルバム「Fron Death To Destiny」である。

From Death to Destiny

From Death to Destiny

 

ダニーのヴォーカルのスタイルが以前と全く変わってしまい、それに合わせるように音楽面でも初期の売りであったエレクトロな部分が全く影を潜める一方で80~90年代のHM/HRのテイストが前面に押し出されているためにファンの間でも賛否両論あるようだけれど個人的に本作はメタルコアという枠を超えて、長い歴史を持つブリティッシュ・ハードロックの現代的解釈が施された傑作だとすら思っている。私にとって英国出身の現代メタル/メタルコア系バンドというと何をおいてもBFMVが一番なのだけど、このアルバムはひょっとしてBFMVの名盤である「The Poison」を越えているかもしれない。何と言っても冒頭の「Don't Pray For Me」から「Killing You」~「The Death of Me」までの3曲の流れがとにかく神がかっており、力強いハードロックナンバーである5曲目「Break Down The Walls」までは一気に聞かせる力を持っている。元々ダニーはメタルコアのヴォーカリストとしても業界屈指の実力の持ち主だったようだったが、長年の喉の酷使の影響とはいえ渋くてブルージーな濁声で朗々と伸びやかに歌い上げる現在の彼のスタイルのほうが私はずっと好きである。後半のこれまた80年代HM/HRを彷彿とさせるメロディアスなバラード「Moving On」から壮大な広がりを持つ「The Road」へ繋がっていく展開も感動的だ。ただし良くも悪くも本作は「ダニーのアルバム」でありアスキンというバンドが本来持つ個性とはやはり少し違うのではないかとは思う(なおこのアルバムの後にダニーはアスキンを脱退するのだが、デニス・ストフを新ヴォーカリストに迎えた4th「The Black」はデニスというよりバンドの総合力が存分に発揮された良作である)。この辺は今後の彼らの音楽的方向性を占ううえでなかなか興味深いものがある。

元々本作についてはいずれ「こんないいアルバムなのに今のアスキンの中では継子扱いで勿体ないよね~」というスタンスで書こうと思ったのだけれど、何とつい先日デニスがバンドを抜けたためにダニーが急遽アスキンに戻ったというニュースが入った。このデニス脱退の経緯も腑に落ちない点が多くてまさに真相は「The Black」なのだけれど、ツイッターSNSにおける大絶賛&大歓迎のコメントの嵐を見る限りどうやらアスキンにおけるダニーの存在というのは歌唱力とかステージプレゼンス等テクニカルな部分にとどまらず彼のキャラクターやこれまでの数々のエピソードがアスキンというバンドの個性と深く結びついているためにファンにとっては替えの利かない存在となっているようだ。デニスは器用なタイプのヴォーカリストで特に中音域のクリーンはダニーとは全く異なる個性を持っていてそれはそれで魅力だったのだけれど、「アスキンのヴォーカリスト」として見たときにどうしてもダニーに敵わない部分があったことは否定できない。多分デニスに限らず誰でも無理なんだろう。ちょうどブレイズ・ベイリーがブルース・ディッキンソンの後任としてアイアン・メイデンに入った時のような無理ゲーだったんだろうと思う。これは本人達の力量とは関係ない所にあるものだから仕方がない。

個人的にこのヴォーカル交代劇には複雑なものがある。きっとダニー復帰を受けて本作は今後正当に評価されるのだろうし次の新作もハードロック色が強くなる可能性が高くなるから本来は歓迎するべきなんだろうけど問題は「We Are Harlotはどうなるの?」ということだ。実は私はダニーについてはアスキンでなくWe Are Harlotから知ったので彼らの今後の活動がダニーのアスキン復帰によって全く見通しの立たないものになってしまったことがとても残念なのである(本人は両方やるとは言ってるがそもそも両立できてれば元々アスキンを抜ける必要はなかったわけで)。大体大規模ツアー直前にデニスが脱退し即戦力が必要とはいえ既にHarlotで活動してたダニーを呼び戻すとかあまりにも強引すぎないか?何だか10年前にドイツW杯の惨敗を受けてジーコが日本代表監督を辞めたときに当時ジェフ千葉の現役監督でカリスマ的人気のあったイビチャ・オシムジーコの後任として日本代表に召し上げられた時みたいな気分だよ。あの時も周りは大歓迎&大絶賛の嵐だったけどジェフサポの自分は「勝手に決めるなアホ」と怒りまくったものである。あ~そういえばWe Are Harlotにもジェフ(・ジョージ)がいるな、二重にトラウマだ。

「Odyssey: the Destroyer of Worlds」Voices From The Fuselage(2015)

Voices From The Fuselage(以下「VFTF」)は英国ノーザンプトン出身のプログレッシブ/オルタナティブロックバンドである。ここで度々取り上げているAshe O'Hara(元TesseracT)が元々在籍していたバンドで、2011年末に4曲入りEP「To Hope」をbandcamp経由でリリースし、その後2012年にAsheがElliot Colemanの後任ヴォーカリストとしてTesseracTに加入したことで活動を休止していたのだが2014年にAsheがTesseracTを脱退したのを受けて活動を再開したものである。この「Odyssey: the Destroyer of Worlds」はVFTFの初のフルアルバムであり、既に昨年夏にbandcampやiTunes等デジタルダウンロードでリリースされていたものであるが、つい先日(このアルバムにも参加している)John MitchellのレーベルWhite Starと正式契約しこのたびめでたくCDリリースとなったものである。これを機に日本盤も出てくれるといいのだけど、何しろカテゴライズの難しいバンドであるので、 取り上げてくれそうな雑誌も日本ではちょっと見当たらないのが何とももったいないことである。Asheもルックスはアイドル級なのにな~(←「ただのデブいヒゲのオッサンじゃん」という意見は却下)

Odyssey: the Destroyer of Worl

Odyssey: the Destroyer of Worl

 

 その経緯からどうしてもTesseracTと比較されることが多いのだが一言で言ってVFTFの音楽はTesseracTに比べて非常に甘口である。以前別のブログで「究極の癒し系メタル」と書いたことがあるのだが、音はかなりヘヴィーでありながら全くうるささを感じさせないのはAsheの天真爛漫かつ透明感あふれる優しいヴォーカルを最大限に尊重した音作りによるところが大きい。全体的に叙情的で繊細で美しいメロディーの楽曲が揃っており、プログレッシブメタルのカテゴリとはいえ全然難解じゃないしむしろ非常にメロディアスで優しい作風なのでメタルは苦手という人にも自信を持って勧められる1枚だと思う。Asheがヴォーカルの「Altered State」はTesseracTの作品の中でも特に評価の高いアルバムで、人によっては最近作の「Polaris」よりもこっちのほうが好きという意見もあるようだが、「Altered State」は例えて言えばとびきり上質なチョコレートを赤ワインと一緒にステーキのソースにかけてその一見ミスマッチのようで実際は絶妙なコンビネーションを感心しつつ味わうようなところがあるのだが、「Odyssey: the Destroyer of Worlds」は同じチョコレートにクリームを混ぜて練り上げたひたすら口どけなめらかなトリュフみたいなところがある。高級料理のアクセントに使われるのもいいけどやっぱりチョコレートはチョコレートとして食べたいんだよね~。ただ「Odyssey~」はTesseracT時代と違いAsheの本来の声域で歌われているため「Altered State」での彼の超絶ハイトーンヴォーカルが好きな人にとっては本作は少々物足りなく感じるかもしれない。むしろ最初のEP「To Hope」のほうが全体的に高い声域で歌われているので聴きごたえあると思うが、ハイトーンだけがAsheの売りではないし、むしろ彼の中音域のウォームで甘さを帯びた優しいヴォーカルも充分注目に値するものだと思う。本来ならメジャーに売れてもおかしくないぐらいわかりやすく親しみやすいメロディーを持ったバンドなので今後も頑張ってもらいたいものである。っていうか本来今年中に2ndアルバムが出る予定だった気がするのだが一体どうなったんだろう。

「Mad, Bad, and Dangerous to Know」Dead Or Alive(1987)

実は前回のジュリアン・コープの記事を書いた後から「次はリヴァプールつながりでデッド・オア・アライヴ(以下「DOA」)にしよう」とこの数ヶ月間ずっと考えていたのだがずるずると先延ばしにしているうちにピート・バーンズが心不全で急逝したというニュースが入ってしまった。数年前にも命を落としかねないレベルの大病を患っていたことがあったから今回の死因はその時のと無関係ではないと思う。近年は整形依存の元ロックスターといういささか興味本位的な企画番組で取り上げられることのほうが多いピート・バーンズであったが、全盛期のDOAは(特に日本では)80年代の一大ブームであったユーロビートの第一人者として大人気だったのである。しかし最初からユーロビートの人として認知されていたわけではなく、彼らが「You Spin Me Round (Like a Record)」の大ヒットで日本の洋楽雑誌でも取り上げられるようになった1985年頃は中性的で妖艶なルックスから「ボーイ・ジョージのライバル」という扱いであった(ピート本人もしょっちゅうボーイ・ジョージの事を聞かれるのでうんざりであったらしい)。この「You Spin Me Round」は基本的にはダンスポップなのだがピート・バーンズの(中性的な容姿とは対照的な)唸るようなアグレッシブな低音ヴォーカルにより、まごうことなきロックとして成立している彼らの一番の代表曲である。ちなみに前述のジュリアン・コープとの関連だが、ジュリアン・コープとピート・ワイリーは(後のエコー&ザ・バニーメンの)イアン・マッカロクと組んでいたクルーシャル・スリーというバンドの後に、ピート・バーンズとThe Mystery Girls(これもカルチャークラブの「Mystery Boy」を彷彿とさせる妙な因縁を持つ名前である)を結成しており、このメンバーで後のティアドロップ・エクスプローズの代表曲の1つとなる「Bouncing Babies」を演っていたということである。そもそもDOAは最初からダンスビートを取り入れていたわけではなくそのごく初期はエコバニやティアドロップ・エクスプローズみたいなネオサイケ風の音楽をやっていた。正直こっちのほうがいいのにと思ってしまうのは私の個人的趣味であって、やはりその後大胆にダンスビートを取り入れたからこそ後に強烈な個性の持ち主として独自の立ち位置を構築しえたのだと思う。独自の立ち位置といえばバイセクシュアルがそう珍しくない世界とはいえピートのように女性と男性の両方と結婚までした人というのはそうそういないのではないだろうか。整形回数の異常な多さも含めて何かと規格外の人であったと思う。 

Mad Bad & Dangerous to Know

Mad Bad & Dangerous to Know

 

この「Mad, Bad, and Dangerous to Know」は当時「ブラン・ニュー・ラヴァー」という邦題でリリースされていたDOAの3rdアルバムである。一般的にDOAの代表作はその前のアルバム「Youthquake」なのだけれど、やはりどうしても例の「You Spin Me Round」が突出しすぎているし、よく聴くとニュー・オーダーや(当時一世を風靡した同郷の)フランキー・ゴーズ・トゥ・ハリウッドのパクリみたいな曲もあってまだ粗削りなところが多い。その点本作は「Brand New Lover」「Something in My House」「Hooked on Love」「I'll Save You All My Kisses」と粒揃いのシングル曲がバランスよく収まっておりアルバム全体を通してこの時期ノリにノッていたストック・エイトキン・ウォーターマンのプロデュースによる洗練されたダンサブルなシンセポップが詰まっている。さらに何と言ってもジャケットが美しい。洗練された中にもダークで物憂げでDOA初期のゴスの雰囲気も漂う傑作だと思う(写真はBob Carlos Clarke)。しかしDOAがロックバンドとしての有効性を保っていたのはこのアルバムまでで、その次の「Nude」においては完全にユーロビートへ変わってしまっている。この「Nude」に収録の「Turn Around and Count 2 Ten」など日本では随分ヒットした記憶があるのだが先ほど本国イギリスのナショナルチャートを調べたら70位といささかショッキングな順位でビックリであった。改めてDOAの全英シングルチャートの成績を見てみるとトップ10内に入っていたのは「You Spin Me Round」(最高位1位)だけであり、本国では彼らは日本で以上に一発屋なイメージだったのだろう。晩年のピート・バーンズは整形を繰り返し往年の妖艶な美貌は見る影もなくなってしまっていたが、やはり私の中では彼は今でも本作のジャケットのような、華麗で妖艶かつ野性味も漂う美貌の持ち主なのである。整形依存ネタがメインとはいえ日本のTV番組で度々取り上げられたおかげで現在も若い世代の音楽ファンがピート・バーンズの往年の美貌やDOAの音楽に興味を持つようになったのはよいことであった。本当はもっとピート及びDOAについては個人的思い入れもあり色々書きたいことがたくさんあるのだが今はとにかくこれ以上波乱万丈の人生もなかろうという一生を駆け抜けたピートにお疲れさまと言うにとどめておく。