sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Whenever You Need Somebody」Rick Astley(1987)

 学生時代の一時期、UKロックのトレンドから全く外れていた時期があった。ちょうど大学受験があったというのもあるが、なぜかマドンナや米国R&B(←というか当時ブラック・コンテンポラリーと言われていたもの)を聴いていた。当時スタイル・カウンシル(「The Cost of Loving」)やヒューマン・リーグ(「Crash」)がブラコンのような作風のアルバムを出していたのでその影響もあるんだろうと思う。実際80年代後半のUKロックはザ・スミスが唯一気を吐いていて他の80年代ポスト・パンクバンドのほとんどは失速していた気がするのだがどうだろう。U2とかザ・カルトなどはこの時期アメリカでビッグネームになっているがどっちも音楽的にはUKロックの範疇から外れていたしな。

一方、ユーロビートと呼ばれるジャンルは80年代半ばから急速に流行り出した印象だ。代表曲というとマイケル・フォーチュナティの「Give Me Up」(1986年)が有名だがその前からデッド・オア・アライヴの2ndアルバム「Youthquake」(1985年)などユーロビート的エッセンスを取り入れた傑作は存在していた。この「Youthquake」をプロデュースしたのがあのストック・エイトキン・ウォーターマン(SAW)である。後期のSAW作品は正直「どこを切っても全く同じの金太郎飴」状態なのは否定できないが、80年代のSAWはバナナラマの「ヴィーナス」やカイリー・ミノーグの「ラッキー・ラヴ」等ユーロビートのクラシックといわれるヒット曲を連発していた記憶がある。余談だがこの一連のSAW作品をリリースしていたPWL(Pete Waterman Limited)レーベルは当時インディーの扱いだったため、一時期インディー・チャートが全く意味をなさなかった時代があった(笑)そのSAWプロデュースのもと80年代後半に人気を博した男性シンガーがリック・アストリーだ。あっさりした顔立ちの爽やか青年風のルックスでアイドル的な人気もあったがそれを抜きにしても彼のソウルフルな低音ヴォーカルとSAWのキラキラとしたシンセサイザー音との組み合わせには当時新鮮な空気を感じたものである。わたしがリック・アストリーを聴くようになったのは大学に入ってからだがどのように出会ったのかもう全く記憶にない。多分MTVでよくかかっていたのを見たのかもしれないし三ツ矢サイダーのCMなどにも出てたから日本でもフツーに知名度は高かったんだろう。いずれにしてもこの後のマンチェスター・ブームに飛びつくまではリック・アストリーやカイリー・ミノーグ他SAW関連のアーティストを熱心に聴いていた。

Whenever You Need Somebody

Whenever You Need Somebody

 

 「Whenever You Need Somebody」はリック・アストリーのデビュー・アルバムである。収録曲10曲中実に6曲がシングルカットされるという大ヒットアルバムであり、リック・アストリーを一躍スターダムに押し上げた彼の代表作である。冒頭の「Never Gonna Give You Up」から「Whenever You Need Somebody」「Together Forever」と立て続けに強力なヒット曲がたたみかけてくる。これらいかにもSAWらしいキラキラとした音作りとキャッチーなメロディーの楽曲群の他にリック・アストリーの歌唱力を生かしたスローな「It Would Take a Strong Strong Man」、ソウルテイスト溢れる「The Love Has Gone」「Slipping Away」「You Move Me」、そしてなんといっても圧巻はラストを飾るスタンダードのカヴァー「When I Fall in Love」で、この辺になるともはやSAW的な要素は皆無である。(何故にエコバニの記事の後にリック・アストリーを取り上げたのかというとエコバニの「Do It Clean」のライブで必ずこの「When I Fall in Love」を途中で混ぜてくるからであるが、両者のバージョンから受ける印象は(当たり前だが)随分と違う。)なぜこれだけの歌唱力の持ち主がたった数年で失速したのか不思議で仕方がないが逆にいえば変化の速いイギリス音楽シーンで長年第一線をキープするには「ただ歌がうまいだけ」じゃダメで、例えばロビー・ウィリアムズみたいな下世話なまでのエンタメ性が不可欠なのかもしれない(同じことはポール・ヤングにも言える)。ただ、近年の「Rickroll」(ネット上のいたずらリンク動画)のおかげで彼の歌唱力が再評価&若い世代にも認知されたことは歓迎すべきことだと思う。