sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「The Golden Age of Wireless」Thomas Dolby(1982)

トーマス・ドルビーは、ハワード・ジョーンズと並ぶ80年代を代表するシンセポップアーティストである。しかしそのキャラの表出の仕方は対照的ともいえる。もし「文系シンセ」と「理系シンセ」という表現が許されるのであればハワジョンは前者でありトーマス・ドルビーは後者である。大体デビューアルバムのタイトルからして「Human's Lib」(ハワジョン)と「The Golden Age of Wireless」(トーマス・ドルビー)だからな。収録曲のタイトルも「Love」「Self」「Equality」と人文社会系の単語が多いハワジョンの1stに対しトーマス・ドルビーのそれは「Science」「Radio」「Windpower」「Airwaves」と理工系の単語ばかりとこれも対照的だ。「ドルビー」という芸名やマッドサイエンティストのような風情のルックスに加え、父親が大学教授という血筋の良さも何だかとんでもなく頭よさそうな印象を持たせるものだった。実際その後音楽活動のほかにインターネット事業に乗り出して会社経営などしていたらしいから頭の良さは本物なんだろう。
トーマス・ドルビー最大の代表曲は「彼女はサイエンス」という、何だか現在の「リケジョ」ブームを予感させるような邦題の曲である。原題は「She Blinded Me With Science」という、これまた何だか近年のSTAP細胞事件のような「理系+女性」という属性に騙される大衆の心理を揶揄しているようなタイトルだ。元々この「彼女はサイエンス」は1st「The Golden Age of Wireless」の収録曲ではなかったのだが、後の1983年のバージョンで追加収録されたのらしい。以前取り上げたラッシュの「Signals」もこの時期のリリースなので、今と違って80年代前半は科学技術に対する素朴な憧れみたいなものがまだ人々の中にあったんだろう。 

The Golden Age of Wireless: Collector's Edition/Remastered/+DVD

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先ほど「理系シンセ」と書いたが、本作の楽曲自体は非常にポップで有機的である。リリース当時、1980年頃の英国におけるシンセポップ・ブームも終盤に近づいており単に「シンセサイザーを使いさえすれば近未来感を演出できる」という発想では既に周りに見向きもされない状況にあったのだろうか。この時期にデビューしたハワード・ジョーンズもやはりシンセポップの先駆者であるヒューマン・リーグやウルトラヴォックス等とは全く異なるウォームな音作りで存在感をアピールしていたが、トーマス・ドルビーの作品も基本的には「歌モノ」であることは本作を聴けば実感できると思う。「彼女はサイエンス」の他、キャッチーでポップな「Europa and the Pirate Twins」、いかにも欧州といった風情の叙情的な「Airwaves」他、魅力的なメロディーを持つ曲が揃っている。個人的にはこの作品には「科学」以上に「欧州」という空気を感じている。あまり「イギリス」臭さを感じないのは、ドルビー本人が小さい頃から外国暮らしが長かったからだろうか。