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sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Treasure」Cocteau Twins(1984)

今から振り返ると80年代のイギリスにはやたら「耽美」なバンドが多かった。ニューロマンティクスやゴシック・ロック、ポジティブ・パンク等々。当時イギリスでは深刻な経済的不況に苦しんでおり、非現実的な世界に逃避したいという欲求が強かったんだろうと思う。もっともその「耽美」性の表出は様々であり、単に派手な化粧で誤魔化してるだけのバンドもあれば、純粋に音楽の審美性を極限まで追求したバンドもある。スコットランド出身のコクトー・ツインズは後者の代表格であり、80年代半ばのUKインディーロック(当時はニューウェイヴと呼ばれていた)界に多大な影響を及ぼしたバンドである。
元々コクトー・ツインズはゴシック・ロックから出発したバンド(バンド名自体はシンプル・マインズの曲からとられたらしい)であるが、現在ではシューゲイザーの元祖と言われることが多い。シューゲイザー全盛期の1990年初頭にそんな説が出ていた記憶は全然ないので、かなり時代が下ってからの評価だと思う。個人的にはシューゲイザーはもっとギターがノイジーだしヴォーカルはその轟音ギターの影に隠れて細々と歌われるイメージがあり、それに比べるとコクトー・ツインズエリザベス・フレイザーのヴォーカルが前面に出て圧倒的な存在感を放っているので、シューゲイザーとはやはり別物じゃないかという気もしないでもないが、マイブラやラッシュ(Lush)、スローダイヴ等代表的なシューゲイザーバンドの作風に共通する浮遊感あふれるドリーミーな世界観はコクトー・ツインズにその源流を求めてもいいとは思う。

Treasure

Treasure

 

 「Treasure」はコクトー・ツインズの3作目のアルバムであり、彼らの代表作でもある。デビュー当時はスージー&ザ・バンシーズのフォロワーと言われていた彼らだが、その後エリザベスの喉のトラブルを機に歌唱法を変え、透明感あふれるハイトーンの裏声とハスキーな地声を使い分けることで、まるで妖精か天使か女神が「天上界」と「地上界」をフワフワと行ったり来たりするような効果を生みだしている(発売当初は「神々が愛した女」という邦題がついていて、きっとこれはエリザベスのことなんだろうと思っていたが、さっき調べてみたら現在の邦題は「神々が愛した女たち」と複数形になっていて、なんか違うと思っている)。私が初めて「Treasure」からの曲をを聴いたのは某FM局の深夜の音楽番組(「FMトランスミッションバリケード」と聞いて懐かしいと思う方もいるだろう)で「Pandora」がかかっていたのを聴いて「こんな美しい世界があるなんて!」と衝撃を受けたのだった。ちなみにこのアルバムは男性や女性の名前が曲のタイトルになっているのだがそのほとんどがギリシャ神話からとられたものであるらしい(同じように人の名前を曲名にするにしても出典がゲームのVeil of Mayaの最新作とはえらい違いだな(笑))。但し冒頭の「Ivo」は所属レーベル4ADのオーナーのアイヴォ・ワッツからとられたということで、何故彼らがレーベルのボスにそんな義理を立てないといけなかったのかよくわからない。しかも無駄に美しい曲なんだよなこれが。
コクトー・ツインズの神秘性は、このようなエリザベスの特徴的なヴォーカルとロビン・ガスリーエフェクターをかけまくったサイケデリックなギターに加え、収録曲のエキゾチックなタイトルと、何を歌っているのかほとんどわからない歌詞(日本盤の歌詞カードはデタラメだと本人たちも苦言を呈していた)によるところが大きい。他に当時の4AD所属アーティストの一連のアルバムジャケットを手掛けていた23エンベロープによる審美的なアートワークも大いに貢献したと思う。しかし全英チャート7位というヒットを記録する「Heaven of Las Vegas」を最後にバンドが4ADを離れメジャーレーベルに移籍した後にリリースされた「Four Calendar Cafe」は本人たちの意向なのかレーベル側の要求なのか歌詞をはっきりと歌うようになり、それまでの彼らの最大の個性であった神秘性が損なわれることとなった。ひょっとして彼らも勝手にファンやメディアにつけられた神秘的で形而上学的でストイックなイメージで語られることにいい加減辟易していたのかもしれない。バンドは1997年に解散しているが、このようにシューゲイザーの元祖扱いされている現在、再結成を望む声は高いと思う。