sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

【この1曲】My Bloody Valentine「Soon」(「Loveless」(1991))

マイ・ブラッディ・ヴァレンタインと言えば今では90年代初頭に英国インディーロック界を席巻したシューゲイザーの大御所として半ば神格化されたバンドであるが、ライドやラッシュ(Lush)等の同時代のシューゲイザーのバンドたちと一線を画す点があるとすれば、どこか微妙に病んでるというかろくろく陽に当たってないような不健康なオーラなんだと思う。特に1stの「Isn't Anything」におけるサイケデリックロック色の強いノイジーで歪んだギターを聴くとまるで貧血を起こしたかのような目眩に似た錯覚を覚える。さらに不気味なのはギターの凶暴さと裏腹にヴォーカルが異常に弱々しい上にメロディーが妙に無邪気で甘ったるいところである。あまり上手い例えが思い付かないのだが、人格形成において何かが決定的に欠落したまま成長してしまった大人か、逆にある面においてのみ異常に成熟してしまっている子供のようなイビツさを感じてしまう。そんなイビツさをさらにデフォルメしたのがその次のアルバム「Loveless」である。「Loveless」のその後の音楽シーンに与えたインパクトについてはもう既に何人もの評論家やライターやブロガーによって語り尽くされてると思うし実際ウェブ上にも立派なレビューがいくらでもあるのでそっちを読んでもらったほうがいいと思うが、実はこのアルバムのリリース当時の洋楽ファンの反応は現在の圧倒的な高評価に比べるとかなり地味なものだった。実際当時の全英チャートは24位止まりである。まあこんな内容の作品が仮に初登場1位だったらそれはそれで不気味だったと思うが、「Loveless」と前後してリリースされたライドの「Nowhere」(1990)が全英11位、ラッシュの「Spooky」(1992)が全英7位であったことを考えるとこの順位はちょっと解せないものがある。
これは穿った見方かもしれないが、曲が難解で取っつきにくいという以外に、彼らがアイルランド出身のバンドである、という所が地味に影響しているような気がしてならない。今でもイギリスではバンドの出身地について語られることが多いと思うが、「Loveless」リリース当時はマンチェスター・ブームのお陰で新しいバンドが登場する度に何かとその出身地が強調されることが多かった。ライドならオックスフォード、スローダイヴならレティング、ブラーならコルチェスターといった具合である。そんな「おらが町のバンド」感覚のイギリス人にとってアイルランド出身のマイブラはいささか思い入れしにくいバンドではなかっただろうか。よくよく考えてみればマイブラの曲にはよくも悪くも「英国臭さ」がない。後にブリットポップに接近するライドやラッシュとは対照的に、マイブラの音楽は特定のローカルな属性に縛られない普遍性を持っていて、そこがアメリカや日本でも多くのフォロワーを生み出した要因だと思う。

その「Loveless」においてこの「Soon」はダンスビートが強調された、少々異質なテイストを持つ曲である。最初「Loveless」を通して聴いたときに「何でこの曲が最後なんだろう」という違和感があった。元々「Glider EP」に収録されていた曲なので制作時期も微妙にずれているのだが、伝統的なロックの構造を逸脱した、まるで1枚の抽象絵画のような「Loveless」の世界観が最後の「Soon」で台無しにされているようにすら感じたからである。しかしこのシューゲイザーに当時大流行していたレイヴのグルーヴをミックスさせた、90年代初頭の英国音楽シーンを象徴するような曲があるお陰で「Loveless」が今から20年以上前の制作であることが実感されるわけで、後のポスト・ロックにも通じる先進性に改めて感嘆せざるを得ない。ハッピー・マンデーズプライマル・スクリームの曲のリミックスを手掛けたAndrew Weatherallによるファンキーでアグレッシブなリミックスも秀逸。