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sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Madonna」Madonna(1983)

私は長年オルタナ/インディー系中心にUKロックを主に聴いてきたのだけれど、女性ヴォーカリストに関してはどちらかというとメインストリーム寄りのポップスの歌手やグループのほうを聴くことが多い。以前ここで取り上げたソフィー・エリス=ベクスターは元々theaudienceというブリットポップのバンドの出身なのだけれども、自分が夢中になって聴きだしたのはその後にメジャー路線に転向したソロ時代からだからな。理由は例によって論理的には説明できないが、多分これから取り上げるマドンナの存在が大きかったからなのだろうと思う。マドンナはその大仰な名前(本名である)とキャッチーなメロディーのダンスポップとセクシーで派手なファッションで注目を浴びたのだが、こういうタイプの女性歌手は日本人受けが悪く、当時同じころにデビューしたシンディ・ローパーと比較されていた頃には自分の周りの女子学生は皆シンディ派であった。客観的に考えればシンディ・ローパーのほうが小柄で可愛いし人柄もよさそうだし何と言っても歌唱力が上である。わたしも嫌いではない。でも自分は当時のマドンナの持つアングラ的というか「胡散臭い」雰囲気のほうが面白かったんだと思う。アメリカのショービズ界における「セクシーなブロンド美女」のステロタイプなイメージをこれでもかとデフォルメしたかのような雑なブリーチにケバいメイクに「BOY TOY」と大きな文字で書かれたベルトにへそ出しミニスカートといういで立ちの当時のマドンナを見て正直「うわー、苦手」と思った人も多かったんじゃないかと思うが、当初清純派のイメージでデビューして、その後セクシーなオトナ路線に転向してファンやメディアから叩かれる女性ポップス歌手たちを見ていると、最初からビッチなイメージで登場したマドンナは賢かったんだと思う(まあデビューが24と当時の女性歌手としてはやや遅かったこともあるんだろうけど)。この彼女のキッチュでオリジナリティー(?)溢れるファッションは当時アメリカの若い女の子の間でも受けがよかったようで、マドンナのファッションを真似る「ワナビーズ」なるものが大量発生したようだ。日本でもマドンナに多大な影響を受けた女性歌手は数多くいた。ファッションまで丸パクリの本田美奈子レベッカNOKKO、そしてマドンナのキャラクターを日本向けに再構築したような松田聖子は有名な例だと思う。当時のアーティスト達にとってはマドンナのペルソナが内包する「強い女」「自由な女」の部分に共感や憧れがあったんだろう。本国でも「ポスト・マドンナ」と言われた女性歌手は数多くいたが、やはりファッションだけ真似ても意味はないのかいずれも短命に終わっている。現在最もマドンナと比較される女性歌手はレディー・ガガだろう。でもさすがにガガ様のファッションを真似る人はそうそういないだろうけども。

Madonna

Madonna

 

 この「Madonna」はマドンナのデビュー・アルバムである。一般的にはその次の2nd「ライク・ア・ヴァージン」のほうが有名だが、個人的にはマドンナの原点であるダンスポップが堪能できる本作のほうを聴くことが多かった。今でこそR&B入ったダンスポップを歌う女性歌手は当たり前のようにいるが、当時ここまでR&B色の濃いダンスポップを歌う白人女性歌手はほとんどいなかったんじゃないかと記憶している。この辺は当時マドンナのBFとして知られ、後にホイットニー・ヒューストンのプロデューサーとしても知られることになるジョン・”ジェリービーン”・ベニテスの貢献が大きいだろう。でもこのアルバムの一番の魅力はまだマドンナが本格的なスターダムにのし上がる前の粗削りというか、アングラっぽい感じというか、良い意味での素人っぽさなんだと思う。今このアルバムを聴くとやっぱりシンセサイザーの響きが80年代丸出しでチープなのだけど、それゆえに過度に作りこまれていない素のマドンナが前面に出ていて却って愛おしくなる。個人的にマドンナがトレンドセッターとしての役割を持っていたのは1992年の「Erotica」ぐらいまでだと思っていて、その後「Bedtime Stories」(1994)「Ray of Light」(1998)と立て続けに大ヒットアルバムを連発するものの、個人的にはピンと来なかったというか、逆に当時のトレンドに無批判に乗っかってしまったような印象を受けたものである。ちょうどその頃ビヨンセで有名なデスティニーズ・チャイルドスパイス・ガールズのような勢いのある女性歌手が次々と登場したことも影響があるんだろう。もちろん彼女たちに対するマドンナの影響は大だろうけども、もう最近のマドンナはどこか歌手としては現役感が薄れているのも事実である。この前来日公演で開始時間に2時間も遅れたなんていう話があったけれども、ああいうのは80年代の全盛期にやって辛うじて「しょうがないね~」と許される類のものであって今やっても「ふざけんなこのBBA」とブチ切れる人が出ても当然である。しかしこれは全くの主観だがマドンナもこの「イケ好かないBBA」のイメージは自分でも嫌いじゃないと思う。結局「強い女」「自由な女」というのはある属性の人にとっては「イケ好かないBBA」だからね。余談だが私は高校受験も大学受験も勉強している間や試験会場に行く間にマドンナのアルバムをヘビロテしたものである。結果はどちらも合格だったのでひょっとしてマドンナにはパワースポット以上のご利益があるのかもしれないよ?