sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「The Long Road Home」Danny Worsnop(2017)

私の長年の疑問の一つに「何故イギリス人ミュージシャンはブルースやカントリーが好きなんだろう」というものがある。自分の乏しい知識の中でもU2の「ヨシュア・トゥリー」、プライマル・スクリームの「Give Out but Don't Give Up」、シャーラタンズの「Us and Us Only」そしてポール・ウェラーやカタトニア(Catatoniaです念のため)のケリス・マシューズのソロ作品等々挙げられるからその系の音楽に詳しい人ならこの10倍は軽く思いつくだろう。個人的に20代の頃までこれらルーツ・ミュージックと言われる米国南部音楽の泥臭くも渋いカッコよさが全く分からなかったので、デビュー時は純然たる英国ギターロックで出発したバンドが途中で米国南部音楽に目覚めてその系の音楽に影響されたアルバムを出す度に「あんたもそっち行っちゃうの?」と複雑な気持ちになったものだ。彼らの米国南部音楽への傾倒はローリング・ストーンズなど先駆者たちの影響はもちろんあると思うが、その背景にはかつてU2が痛感したという「ロックをやる以上、そのルーツである米国南部音楽の素養も必要なのでは」という実に生真面目な動機に基づいているのではないかと推測する。あるいいはもっと漠然とした、これらルーツ・ミュージックが象徴する「アメリカ的なもの」に対する憧れなのかもしれない。元々自分の育った文化になかったものを一生懸命吸収しようとする彼らの姿は実に愛おしく思えないだろうか。

このブログでダニー・ワースノップを取り上げるのはWe Are Harlotの1stおよびAsking Alexandriaの3rd(「From Death to Destiny」)に引き続きこれで3度目である。しかし彼ほど短期間のうちに音楽のスタイルを劇的に変えつつ、それぞれの分野で高い評価を得てきたアーティストというのもそうそういないように思う。そのコアとなっているのはもちろん彼の骨太でパワフルな歌唱力にあるのだけれど、メタルコア(アスキン)とハードロック(We Are Harlot)という互いに異なるジャンルに求められる歌唱スキルをあっという間にものにしてしまうセンスは天性のものだと言わざるを得ない。しかし目下ダニーのマイブームはカントリーである。メタルコアからハードロックへの彼の移行には何とかついてこれたアスキン時代からのファンでもさすがにカントリーとなると「え~そっちに行っちゃうの?」感があるのではないだろうか。とはいえ基本は純然たるカントリー音楽というよりはアメリカンハードロックにも通じるカントリーロックなので、少なくともWe Are Harlotが好きな人であれば現在のソロでのカントリー路線も余裕で楽しめるだろうと思う。

The Long Road Home

The Long Road Home

 

 「The Long Road Home」はダニーのソロ第1弾となるフルアルバムである。元々は「The Prozac Sessions」というタイトルだったのだが権利上の問題で変更を余儀なくされたものらしい。とはいえ収録曲には「Prozac」というタイトルの曲がそのまま残っており本作のテーマであるこれまでの彼の波乱に満ちた人生と絶望と後悔と酒と酒と酒というコンセプトは損なわれていない。当初「30曲入り2枚組アルバム」を想定し曲をたくさん書きためていたのを最終的に12曲まで落としたので、1曲1曲が非常にクオリティーの高い実に内容の濃いアルバムとなっている。このアルバム一つとっても「メタル系ボーカリストがカントリーやってみました」というノリではなく真面目にカントリー歌手としての活動に真剣に取り組んでいるのが好感が持てる。エモーショナルで哀愁に満ちた「Prozac」「Anyone But Me」「Quite A While」、明るく享楽的な「Mexico」、軽快で諧謔に満ちた「I Feel Like Shit」「Don't Overdrink It」、ハードロック的パワフルさ溢れる「Midnight Woman」等々バラエティーに富んでおり私のようにカントリーに全く未知なリスナーでも聴いてすぐにその良さがわかるアルバムである。というか何だかんだで様式こそアメリカ音楽ながら基本的なメロディーセンスにイギリス人ならではの端正さが見え隠れするしむしろこの点においてブリットポップやUKギターロックのファンにも勧められるものだ。実はこのアルバムを聴きながら私が思い浮かべたのはブラーのブリットポップ期の作品群やポール・ウェラーの「Wild Wood」~「Heavy Soul」あたりのソロ作品群だった。曲が似てるというわけではないけれどどこか空気感とかフィーリングが共通するものがあるように思う。その出自からどうしてもメタルコアのイメージの強いダニーだけれど、どちらかというとメタルは苦手という人にこそ先入観抜きに聴いてもらいたいアルバムである。できればソロで来日してもらいたいものだけど、ジャンル的にフィットするフェスやイベントが果たして日本にあるかな。