sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

【この一冊】Brett Anderson「Coal Black Mornings」(2018)

今回は曲やアルバムでなく、音楽本を取り上げてみたいと思う。スウェードのフロントマンのブレット・アンダーソンが自伝を出版するという話は昨年春頃から出ていて、その時の記事ではスウェードのデビュー前のメンバーで当時ブレットの彼女だったジャスティーン・フリッシュマン(エラスティカ)がブレットと別れてデーモン・アルバーン(ブラー)と付き合いだしたあたりのことも触れているという話だったので、「これはきっとスウェードの衝撃的なデビューやらバーナード(・バトラー)のバンド脱退やらデーモンやジャスティーン他ブリットポップの主要人物がたくさん登場する90年代英国ロックの裏話がてんこ盛りだろうな」と半ばゴシップを期待する下世話な動機で読む気になったものである。しかし実際の内容はその下世話な動機を恥じたくなるような、極めて真面目で手堅い内容であった。ネタバレが嫌いな人もいると思うのでここでは詳しくは書かないけれど、本の大半は家族(特に両親)と経済的に苦しかった子供時代の話に費やされ、ジャスティーンやバーナードとの出会いやスウェード結成に向けて話が動き出すのは本の後半に差し掛かってからなので、本書はスウェードファンやブリットポップ&英国インディーロックファン向けというよりはブレット・アンダーソン個人の熱心なファン向けだと言っていいと思う(もっとも数々のスウェードの曲の由来が随所で語られるのでスウェードファンにとっても興味深い所は多々あると思う)。私などは彼のことをいまだにデビュー時の、知的で華やかで背徳的で反抗的かつナルシスティックで自信満々な「生まれながらのロックスター」的なイメージで見ていたのだけれど、本書を読んでそのイメージはかなり覆された感がある。正直な話「もっとはっちゃけても良かったんじゃないの~?」という気持ちもないではないけれど、本書全体を通じて伝わってくる謙虚さ丁寧さ真摯さはいかにも英国紳士的であり、これまであまり語られなかった彼の魅力を再発見することと思う。そしてその彼の人格形成に最も大きな影響を与えたのがこの本の前半でじっくりと語られる彼の家族である。経済的には食べるものにも困るほど困窮していたにもかかわらず芸術を熱愛する両親や姉を通して日常生活の中で音楽やアートや文学に幼少時から触れることができたことはブレット少年にとって幸運であったことは間違いないであろう。教養を与える/得るのにお金は全く関係ないということを痛感させられる。

Coal Black Mornings

Coal Black Mornings

 

 本書はKindle版が出ていたので原書にチャレンジしたのだけれど、正直言って原書の英文は非常に手ごわい。スラングの多用こそないものの難解な単語が多くやっぱり英語ネイティブの語彙力って半端ないのね~と泣く泣く何度も辞書を引いたものだ。内容の真面目さも手伝ってまるで大学の英語の副読本を読んでいるような気持ちになるので、よほど英語の勉強をしたい人以外は日本語訳を待ったほうがいいかもしれない(出るのか?)。それにしても(前回紹介した)ブラーの「13」や初期スウェードのバンドイメージに大きな影響を与えたジャスティーンという人は色々凄い女性だったんだなぁと改めて感心するばかりである。ジャスティーン本人は現在アメリカを拠点に画家として活躍しているけれども、彼女にもぜひ回想録を書いてもらいたいと思うのは私だけではないと思う。