sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Colour by Numbers」Culture Club(1983)

今から考えるとカルチャー・クラブというのは一体何だったんだろう。いい曲は多いのだがボーイ・ジョージドラえもん体型と奇妙奇天烈なファッションのために半ばコミックバンド的な扱いをされていたように思われる。元々顔も体もでかかったのだが一時期は「大仏か?」とツッコむレベルで肉が付きまくっていたものである。今は今で随分スリムになったもののヒゲにバリバリメイクの怪しいオッサンだ。まあそれでも当時ライバルと言われていたデッド・オア・アライブピート・バーンズよりは全然マシで、ピートなどは整形をし過ぎて晩年はすっかり変なオカマさんになってしまっていた。元の顔のつくりはピート>>>>ボーイ・ジョージだったのに実にもったいない。2人とも鼻にコンプレックスがあったのだがやはり安易に整形はするべきではなく、ボーイ・ジョージのようにできるだけ化粧でカモフラージュするほうが後のことを考えても賢い。基本的にボーイ・ジョージのメイクは「美しく見せるメイク」というより「欠点をカモフラージュするメイク」である。およそボーイ・ジョージほど欠点だらけの顔の持ち主はいないのではないだろうか。彼のようなでかい顔・でかい鼻・小さい目というのは女性だったらコンプレックスになりそうだ。従って鼻のでかさを目立たせないように目の周りに派手な色を置きまくったメイク、写真を取られる時は出来るだけ小顔に見せるよう常にあごを引き気味にするくせなどたくさんの努力をしている。しかしそのカモフラージュメイクは奇抜すぎて一般人には全く参考にならないのである。メイクというよりもはやコスプレだ。しかしこういう漫画的なキャラクターは日本人にはわかりやすく、普段洋楽をそんなに聴かない中学生たちの間でもボーイ・ジョージは割と知られていた。先述のピート・バーンズだけでなくデュラン・デュランとも随分インタビューで口撃合戦していたのでカルチャー・クラブvsデュラン・デュランという対立構造が日本の一地方の中学校でも浸透していて私のクラスでもそれぞれのファンが対立していたものだ。ちなみにこのボーイ・ジョージのインタビューというのがまたとても饒舌で一つの質問につき延々としゃべりまくるものだから当時のミュージック・ライフなどでは見開き2ページに質問3つしか載せられたかったものである。
かようにボーイ・ジョージという人は頭の回転の速いイメージがあるのだが、その割にしょっちゅう逮捕されていた記憶がある。2008年に男性を監禁した疑いで逮捕されたが、その数年前にもドラッグ使用で逮捕されたことがあった。それまでボーイ・ジョージはインタビューでも偉そうなことをたくさん語っていたからドラッグをやっていたというのは個人的にかなり衝撃的だったのだが、その時のボーイ・ジョージの言い訳が何と「僕は強い人間だからドラッグなんて止めようと思えばすぐ止められる自信があった」というものだった。止められなかったから逮捕されたんだろ、と言いたい人も多いと思うが、それだけ彼は自分の能力を過信していたのだろう。事実ドラッグ事件後「ジーザズ・ラブズ・ユー」名義で当時最先端のクラブ・ミュージックを取り入れた作品をいくつかヒットさせているし元々の音楽トレンドに対する嗅覚は鋭いのだろう。このようにボーイ・ジョージは天才肌といえば聞こえはいいが要は感情の起伏が激しくムラ気の多い人で傑作も多いのだが同じぐらい駄曲も多い。さらに曲はいいのにPVがダメというのもある。特に日本をバカにしてるとしか思えない「ミス・ミー(Miss Me Blind)」なんて曲はカッコいいのに実にもったいない。ちなみにこのPVに出演している芸者女は今はなき「音楽専科」誌のロンドン特派員記者だった黒沢美津子。日本人なんだからさーちょっとは文句言おうよ。

Colour By Numbers

Colour By Numbers

  • アーティスト:Culture Club
  • 発売日: 2003/10/07
  • メディア: CD
 

「Colour by Numbers」はその「Miss Me Blind」が収録されている彼らの2ndアルバムである。アルバムの半分がシングルカットされており彼らの中で最も売れたアルバムであるが一般的に一番知名度の高いシングルは 「Karma Chameleon」だろう。何しろ米英チャート1位その他の国でも殆どがチャート1位またはそれ以外でもTop5に入っていた大ヒット曲である。とりわけ日本ではこの曲の「カーマ、カマカマ~」というフレーズがボーイ・ジョージのおカマキャラと重なって大人気で、今ではすっかり「カルチャー・クラブといえばカーマ・カメレオン」みたいなイメージが出来上がってしまっている。常日頃から「カーマ・カメレオンだけがカルチャー・クラブじゃないしラスト・クリスマスだけがワムじゃないしアフリカだけがTOTOじゃないしセパレート・ウェイズだけがジャーニーじゃないぞ」と思っている私としては実に由々しき現状だ。ルックスやゴシップ的な話題の多かったボーイ・ジョージであるが、彼のややハスキーで甘く暖かみあるソウルフルなボーカルは今聴いても素晴らしい。とりわけアルバム最後の壮大なバラード「Victims」の美しさは感涙ものである。ラテン、ファンク、モータウン等様々な要素を貪欲に取り入れつつもタイムレスで普遍的なポップアルバムに昇華させた本作からは「人種とか性別とかジャンルなんて関係ない」という強力なメッセージが伝わってくる。「カーマ~」で彼らを知った若い世代の音楽ファンにもぜひこのアルバムは通して聴いてもらいたい。

【この1曲】The Style Council「Angel」(「The Cost of Loving」(1987) )

 

愛聴盤には2タイプあって、「大好きという自覚があって、事実何回も聞いてしまう盤」と、「そんなに好きという自覚はないのだがよく考えてみると何度も聴いている盤」というのがある。私にとってこのスタイル・カウンシルの3rdアルバム「The Cost of Loving」は後者に属するのだけれど、好きだという自覚のある2nd「Our Favourite Shop」よりもひょっとして聴いている頻度が高いかもしれない。一般的にはそれまでR&Bネオアコやジャズなど様々なジャンルのエッセンスを取り入れつつ独自の音楽性を確立しつつあったスタイル・カウンシル(以下「スタカン」)が既存のR&Bの様式をそっくり模倣してしまった失敗作として各音楽評論家からは一様にバッシングされたアルバムなのだけど、当時高校生だった私はこのアルバムがきっかけで長年愛聴してきたUKインディ~オルタナティブ・ロックを離れ一時期本場アメリカのR&B音楽に走ってしまったほどである(ちょうどジャネット・ジャクソンボビー・ブラウンが日本でもお茶の間レベルでブレイクしていた頃だったと思う)。

もっとも批判の根拠である「R&Bの下手な模倣」というのは建前で、実際はそれまでポール・ウェラーミック・タルボットによる「愉快な2人組」体制を敷いていたのにこのアルバムからいきなり(っていうか前々からその予兆はあったのだが)4人体制になって、当時ポール・ウェラーの奥方であったディー・C・リーのヴォーカルの比重が異常に大きくなった(アルバム最後の「A Woman's Song」で丸々ヴォーカルを独占してさえいる)あたりでジャム時代の硬派なイメージでポール・ウェラーを見ていたウェラー信者などは正直ついていけないものがあったんじゃないだろうか。まあウェラーの場合「硬派」というイメージがそもそもの間違いでジャム時代にも前カノのジル嬢とのツーショット写真がバンバン雑誌に載ってたし最初から硬派とはとても言い難かったけどな(←中学時代からファンをやるとこういうミーハーな視点になる)。


The Style Council - Angel

この「The Cost of Loving」収録曲の「Angel」は元々はアニタ・ベイカーのカヴァーなのだけれど、ポール・ウェラーはこれをディー・C・リーとの夫婦デュエットにしてしまいそのベタ甘な歌詞と相まって「勝手に2人でのろけてれボケ」と思わせるに充分な内容である。おそらくこの「ベタさ」を受け入れられるかそうでないかによってこのアルバムの評価は変わるのだろう。事実UKロック評論家の批判をよそに日本では最も売れたスカタン、じゃなくてスタカンのアルバムというではないか。どうもUKロック好きは黒モノが嫌い(またはその逆)、という一般的な傾向があるようでスクリッティ・ポリッティなども初期の「Skank Bloc Bologna」なんかが好きな人は後の大ヒット作「Cupid & Psyche 85」のことは嫌いという意見が多い。そういえばこの「The Cost of Loving」を貸してくれた高校の友人はジャムのことはあまりピンとこないと言っていた。正直な話私もポール・ウェラーはスタカン〜ソロ1st時代が最強でジャムは「The Gift」より前はリアルタイムでないので思い入れがないしソロも名盤「Stanley Road」はともかく「Heavy Soul」以降は当時の私には渋すぎて正直ついていけなかった時期が長年あった(一連のソロ作を頻繁に聴くようになったのはつい最近である)。「何だ結局ディー・C・リー最強なんじゃないか」とお思いの方もいると思うがその通りで、この夫婦の離婚はソロ初期にはまだ引きずっていた感のある「スタカン的なもの」に決定的な終止符を打ったという意味で個人的にはかなり打撃だったのである。ディー・C・リーのヴォーカルはパワフルさはないものの軽やかで優しく落ち着いた声質がスタカンの楽曲に知的で洗練された雰囲気を与えていたと思う。おまけに綺麗だったしな。2人の子供たち(ナットとリア)も器量よしでしかもどちらも親日家だし本当にありがたいのだけど、やっぱり「Angel」を聴くと2人の当時のラブラブ時代を思い出して切なくなるなぁ。

【この1曲】Asking Alexandria「Someone, Somewhere」(「Reckless & Relentless」(2011) )

長年バンドをやっていると音楽性がデビュー時からどんどん変わっていくのは自然なことなのだけど、例えばマニックスの「Motorcycle Emptiness」のように初期のアルバムにその何年も後のバンドの音楽的方向性を予感させる曲というのはあって、Asking Alexandria(以下「アスキン」)の場合は2ndアルバム「Reckless & Relentless」収録の「Someone, Somewhere」がそれに当たるのだと思う。この「Reckless & Relentless」自体はファンの間でも特に人気の高いメタルコアの名盤なのだけど、「Someone, Somewhere」はグロウルもスクリームもブレイクダウンもない超ストレートでどこか懐かしい明るく爽やかなハードロックである。
この曲はボーカルのダニー・ワースノップの個人的心情がストレートに出されている曲と言われており、「どんなに辛くてもどこかに必ず自分を思ってくれている人がいる」というのが基本テーマである。歌詞の内容は3部構成となっており第1節目はブルース歌手でありダニーに多大な音楽的影響を与えた祖父に対する尊敬と感謝の気持ち、2節目は10代の時に散々悩ませ今は全く疎遠となった両親に対する後悔の気持ち、そして3節目が「My terror twin」と歌われるアスキンのギタリストのベン・ブルースに対する絶対的な信頼と友情の念という非常にエモーショナルなもので、その歌詞の内容に呼応するかのようにポップでメロディアスかつ大陸的なスケールと大らかさを持つサウンドは、ヘヴィーでアグレッシブな楽曲で構成されるこのアルバムにおいて清涼剤的な役割の曲となっている。

ASKING ALEXANDRIA - Someone, Somewhere
元々アスキンはスクリームがどんなにブルータルでもクリーンの部分が妙にキャッチーで明るいハードロック調でそこがアメリカ受けしてるところだろうけど、現在彼らがツアーで「Reckless~」から取り上げる唯一の曲がこの「Someone, Somewhere」なところを見ると、本人たちもとりわけ思い入れのある曲なんだろうと思う。実際この曲には色んなバージョンがある。アルバムバージョンはダニーが現在のハスキーな声に変わる前の若々しいクリーンヴォイスで歌われているが、下の動画のようにアコースティックバージョンも複数ある。これは「Reckless~」リリースと同時期の頃の2011年の演奏で、ダニーも今のハスキー声に本格的に声変わり?する前の若さの残るボーカルながら終始低音で一生懸命渋く歌おうとしているのが微笑ましい。

Asking Alexandria - Someone, Somewhere Acoustic /w lyrics
ところが3rdアルバム「From Death To Destiny」リリース後の2014年になるとダニーの歌唱法がガラリと変わりほぼ現在と同じブルージーなハードロックのスタイルで歌い上げているのがわかる。この後ダニーは一度アスキンを離れWe Are Harlotで王道ハードロックを追求することになるのだけれど、この動画を見てもとにかくダニーがハードロック歌いたい気満々で、ギターのベンやキャメロンは後ろでニコニコしてるけど本当はこの時期ダニー本人とバンドの音楽的方向性の折り合いをつけるのにさぞかし大変だったんだろうな~と彼らの諸々の苦労を想像してしまう。

Asking Alexandria - Someone Somewhere (NEW ACOUSTIC VERSION)
これは2018年に公開されたアコースティックバージョンで、映像が沖縄の米軍基地のライブドキュメンタリーということもあっても全体的にアメリカンな雰囲気漂う大陸的で明るく爽やかな仕上がりとなっており、一応イングランド出身のバンドなのに英国オーラなど皆無である(笑)

ASKING ALEXANDRIA - Someone, Somewhere (Acoustic)
ここでのダニーのボーカルは同じ歌い上げ唱法でも以前のクラシックなハードロックスタイルからよりポップでソウルフルなテイストへと変化しているのが感じ取れるのだけれど、これを見ると古くからのファンの間では賛否両論の最新作「Like A House On Fire」(2020年5月リリース予定)からのいくつかの先行曲から伺えるポップ路線はある意味必然的な変化だったのだろうなと思われるのである。ダニーが以前ほどハードロックに対するこだわりがなくなったのか、それはWe Are Harlotで存分にやるからいいやとなったのか、とにかく今のアスキンにおけるダニーのスタンスは「そこに自分の歌える場があるから歌う」という割り切りみたいなのを感じてしまう。そういう意味では見かけに中身が追いついた、じゃなくて本当の意味で大人になったということなのだろう。しかし個人的にはまた攻めに攻めまくった路線も見てみたいのだけどね。

それでは締めの1曲として、ダニーの「Terror Twin」であるベン・ブルースがボーカルのアコースティックバージョンを紹介しよう。本職はギタリストなのだけど実は歌も上手い。落ち着いて癒される声質と繊細なギターが何とも美しい世界観を作り上げている。

ASKING ALEXANDRIA (Ben Bruce Acoustic) - Someone Somewhere
しかし何が一番ポイント高いって発音がちゃんとイギリス英語なんだよね(笑)やっぱりイギリス人はちゃんとイギリス英語で歌わなきゃだめだよ。似非アメリカ英語でカントリー歌うダニーはルーツを見失いすぎてあかん。次のアルバムは原点回帰でもうちょっとイギリスっぽいのにならないかな。

【この1曲】BABYMETAL「DA DA DANCE(feat. Tak Matsumoto)」(「Metal Galaxy」(2019) )

前作から3年以上のブランク。その間に小神様ことギタリストの藤岡幹大氏の急逝やYUIMETALの脱退などバンドが危機に追い込まれる事件が相次いだ。そんな数々の苦境を乗り越えてリリースされたBABYMETALの3rdアルバム「Metal Galaxy」は各8曲からなるCDの2枚組で構成されているのだけど、このDisc 1の評価が見事に賛否両論なのが相変わらずBABYMETALらしくてむしろ「ベビメタはこうでなくっちゃね」と嬉しくなってしまう。Disc 1は「Future Metal」という強気なタイトルの曲でスタートするのだけれど、その後に続く楽曲群が「メタル」というよりは「ヘヴィーな音のJ-POP」なのである。J-POPに疎い私でもちょっと通して聴いただけで宇多田ヒカルとかPerfumeなどが浮かぶ(1曲目の「Future Metal」もPerfumeの「Future Pop」のオマージュではないか説もあり)のだからJ-POPからBABYMETALに入った人などはついつい元ネタ探ししたくなるんじゃないだろうか。確かに「Shanti Shanti Shanti」のインド風、「Oh! MAJINAI 」の北欧フォークメタルなどわかりやすく異国スタイルの楽曲もあるのだけれど根本にあるのはあくまで歌謡曲に洋楽のエッセンスを取り入れて進化した90年代J-POPで、元々メタルからBABYMETALに入った人はやはり違和感を覚えているようだ(Amazonレビューを見てもがっかりというメタラーのコメントが目立つ)。しかしそれ以上に注目したいのは彼女たちが他のメタルバンドと一線を画していた個性である「カワイイ」要素が薄れたというか少なくとも今までの「カワイイ」とはすっかり変わってしまったことだ。先日サマーソニックでBABYMETALを見たときには可愛いというよりはキレイなお姉さん達になってダンスもお遊戯というよりチアリーディングっぽい印象を受けたものである。メンバーの成長に加えて童顔で天使のような可愛らしいルックスで人気だったYUIMETALの脱退によりデビュー時の「カワイイ」を維持できなくなったというのもあると思うのだけど、当初「企画物アイドル」として出発したBABYMETALが国内外のツアーやフェスを通じて根強いファンベースを獲得するようになり本人たちも段々シリアスなキャリアとしてBABYMETALをとらえるようになったのだろう。前作「Metal Resistance」はメタルアルバムとしてはとても聴きやすいアルバムだったのだけれど一方で「この路線だとフツーの女性メタルバンドになっちゃうな」という懸念もあって「次作はもっとポップ寄りに冒険してほしい」と思ったものである。その意味で今回のDisc 1の路線は個人的にはとても納得いく変化であり、正直言ってDisc 1に「PA PA YA!!」と「BxMxC」を追加して一枚組でリリースしても良かったんじゃないかと思うぐらいだ。しかしBring Me The Horizonの「amo」のように初期デスコア時代からのファンをバッサリ切るような徹底した路線変更とは異なり、Disc 2で前作からのメタル路線を引き継いでメタラー達を安心させている所は彼女たちの「優しさ」と言っていいかもしれない。


BABYMETAL - DA DA DANCE (feat. Tak Matsumoto) (OFFICIAL)

この「DA DA DANCE」はDisc 1の中でも特に90年代J-POPというか小室系やエイベックス系とか、バブル時代を引きずるイケイケユーロビートのオマージュのような曲で、その昔小室系の曲をカラオケの持ち歌にしていた私などは「懐かしい」と感動の涙を流してしまうぐらいなのだけれどメタラーにはやはり辛いとは思う。しかしこの曲の売りは何と言ってもB'zの松本孝弘氏がギターで参加していることだ。もっともたった8小節のギターソロなので「feat.ってつけるほどのことかよ」と思ったりもするのだけど、この短いフレーズでもしっかり松本印のギターなのがわかるのがさすがである。前々からBABYMETALについては「長く活動するのであればメタル版Perfumeとか女の子版B'zみたいなのが落としどころじゃないかな」と思っていたけどまさかこんなに早くB'zとのコラボが実現するとは思わなかった。B'zも元々「BAD COMMUNICATION」でユーロビートとギターロックの融合みたいなこともやってたし違和感はないけどね。でも8小節だけなのはやっぱり物足りないのでまた近いうちに1曲でもいいからがっつり共作してほしいね。

 

【この一曲】B'z「ultra soul」(2001)

今、B'zの「兵、走る」が数あるラグビー日本代表応援ソングの中でもとりわけ人気のある曲のようなのだけれど、その原点となるのが「ultra soul」であることは間違いない。「ultra soul」は2001年世界水泳@福岡の公式テーマ曲なのだけれど、当時の私は水泳にもB'zにも興味がなかったのでそのことを何年も知らないでいた。それでもあのサビを聴くとなぜか北島康介の顔が浮かぶので相当な刷り込み効果のある曲としか言いようがない。おそらくその後の世界水泳の番組でも繰り返し使われていたのだろう。水泳といいラグビーといいB'zのスポーツテーマの曲がウケるのはB'z自体がどこか体育会系なところがあるからだと思っている。実際ライブに「LIVE-GYM」と銘打ってるぐらいだからあながち間違いでもないだろう。 私はB'z本体のライブには行ったことがないのだけど2年前ぐらいにサマーソニック稲葉浩志スティーヴィー・サラスのユニットのは見たことがあって、50代とは思えない稲葉の体型と運動量に「何だこれ反則じゃん」と思ったものである。何が反則なのかは知らんけど。


www.youtube.com

 これを言うと熱心なファンに殺されると思うけどB'zの良いところは適度にダサいところだと思う。そもそも彼らの楽曲のベースとなっているハードロックが本質的にダサいのだけど、そのダサさがもたらす安心感が彼らの安定した人気の秘訣と言ってもいいと思う。その「ダサさ」を内包する王道ハードロック路線の「兵、走る」に比べても「ultra soul」は何だか昔の歌謡曲的でさらにダサい。にもかかわらずB'zの数多いメガヒット曲の中でもとりわけ超人気なのはやはりあのサビがアニソンっぽいというか日本人の好みのツボをつきまくってるからなのだろうと思う。実際あのサビはくせになる。正直「さまよえる蒼い弾丸」なんかの方が全然カッコいいと思うのだがなぜか頭の中で無限リピートされるのはあの「ウルトラソウッ!」(それまでわたしはずっと「ウルトラショーック!」だと思っていた)なのだから恐ろしい。「いろんな曲に無理やり「ウルトラソウル」をつなげてみる」という動画がYouTubeニコニコ動画にたくさんアップされているのもそのせいなのだろう。しかもどの曲につなげてもほとんど違和感がないので笑ってしまう。さらにどう聴いても「週休二日欲しいのなら」と聞こえる個所がある。試しに「ウルトラソウル 週休二日欲しいのなら」というキーワードで検索してみたら出るわ出るわ。みんな考えることは同じだな。本当は「祝福が欲しいのなら」というのらしいが何回聴いても無理がある。もはやこれはクイーンの「キラー・クイーン」における有名な空耳「頑張れ田淵」のレベルに匹敵するであろう(←これを読んですぐに曲が浮かんだ人はジジババ)。とにかくこの「ultra soul」はキメキメのサビありの突っ込みポイントありの、普遍的な日本人好みのエッセンスが凝縮された名曲と言っていいと思う。

【この一冊】Sara Hawys Roberts and Leon Noakes 「Withdrawn Traces: Searching for the truth about Richey Manic」(2019)

マニック・ストリート・プリーチャーズ(以下「マニックス」)及びリッチー・エドワーズに関する伝記やバンドヒストリー本はこれまでにも何冊と出版されているが、「Withdrawn Traces」の注目すべき点はリッチーの実妹のレイチェルさんが全面的に取材協力をしている点である(彼女本人による序文も添えられている)。ところが海外のマニックスファンの間では本作については賛否両論どころか否定的な意見が多く、よくも悪くも「問題作」となっているようだ。

本書の主なポイントとしては以下のようなのが挙げられると思う。

①一般的に知られている「マニックスの失踪したメンバー」「苦悩と悲劇のロックスター」というイメージにとどまらない、素のリッチーの姿を浮き彫りにするために学生時代の友人やガールフレンドなど、マニックス関係者以外の人々に取材を行っている。

②リッチーの学生時代の作文や日記や愛読書の内容から失踪や逃亡、陰遁生活に対する彼の強い関心が窺え、彼の失踪は衝動的な自殺目的ではなく何年も前から念入りに計画されたものと考えられる。

③リッチーの失踪に対する当時の警察の対応は適切なものとは言えなかった。またマニックスの他のメンバーもリッチーの捜索に対してあまり協力的とは言いがたいものであった。

ところが①に関しては幼少時代や学生時代のエピソードよりも「The Holy Bible」期の言動や失踪前後の様子に多くのページが割かれているために、結果的に「素のリッチー」よりも拒食症やアルコール依存、自傷癖に苦しむ従来からのリッチーのイメージが強調された形になってしまってるし、②に関しては仮に著者の主張の通りどこかで生存していたとしたら彼の家族やバンドメンバーに何十年も多大な悲しみを与え続けているわけでそれはリッチーの性格上最も考えにくいことであり、③に関してはバンドに対する中傷以外の何物でもない、という問題が指摘されている。確かに本書における著者の膨大な取材量と緻密な調査力は称賛に値するものの、それらから導き出される結論の部分において若干勇み足の部分があることは否めない。本書では「この事からリッチーは~ということを考えていたのではないか?」「もしもリッチーが~でなかったら違う展開になってたのではないだろうか?」という疑問形の推論が繰り返し登場するが、むしろ読み手側からすると「え、何でその資料からその推論が引き出されるの?」と戸惑う部分が多く、著者は執筆当初からリッチーについて特定の結論を持っていて、友人の証言や学生時代のエッセイなどの参考資料は著者の考えるリッチー像に合うように意図的に選択されたのではないかとすら思うほどだ。しかし「リッチーの真の姿を知ってほしい」という著者(及びレイチェルさん)の狙いが却って従来からの「破滅的なロックスター」のイメージを強調される形になったとしても、それは著者達の落ち度ではなく元々リッチーの性格や考え方が伝統的なロックカルチャーが象徴するものと著しい親和性を持っていたからで、彼の「真の姿」を追おうとすればするほど彼が「ロック神話」と不可分であることを痛感するのではないかと思う。リッチーの天才的な面と同時に厄介な面があるとすれば、マニックスという存在をバンドでなく一種の「作品」や「象徴」のように捉えていた所だろう。例の「解散宣言」もリッチーの理想である「若くて美しいまま消える」の具現化に他ならない。本書ではリッチーと他のメンバーとの間に度々意見の不一致があったと主張されているが、リッチーと違い他のメンバー達はマニックスを「象徴」などではなくリアルの「キャリア」と考えていたのだとしたらそれはもっともな話で、他の仕事を持たずにバンドに専念する以上できるだけ長く活動したいに決まってる。それを妥協であるとかリッチーに対する裏切りと言うのは少々ジェームズ達に対して酷ではないだろうか。著者はバンド側がリッチーの捜索に非協力的だったのではという示唆をしているが、彼らも小さい頃からの親友とはいえリッチーの家族と同レベルで四六時中彼の捜索に手を尽くすのは彼ら自身の生活もある以上非現実的だと言わざるを得ないし、何かとリッチーを語る事で彼の失踪をエンターテイメントとして消費されたくないというバンドの姿勢こそ、リッチーに対する真の思いやりでありリスペクトではないかと思う。

Withdrawn Traces: Searching for the Truth about Richey Manic, Foreword by Rachel Edwards

Withdrawn Traces: Searching for the Truth about Richey Manic, Foreword by Rachel Edwards

 

この本にはリッチーの愛読書から彼の思想や行動を読み取る試みや、失踪後にホテルで発見された小箱の内容、シド・バレット(元ピンク・フロイド)との性格的な類似性の指摘など興味深い記述は多いが、中でも最も心を打つパートは最終章のレイチェルさんによる、失踪直後から現在までのリッチー捜索に関する種々のエピソードである。警察を何度も訪ねたり海事沿岸警備庁や英国水路部といった河川を管轄する機関にも問い合わせたりイギリス国中の修道院に手紙を出しまくるなどあらゆる手を尽くして兄の消息の手がかりを得ようとしたにも関わらず全て徒労に終わってしまったこと、ガンを患い余命いくばくもないことを知った父と一緒に兄の死亡宣告を受けに行った下りは彼女の心情を思うとこちらも辛くなってしまう。失踪者家族会の代表として国内の様々な活動に精力的に参加し「起きて最初に考えるのも、寝る前に最後に考えるのも兄のことです。彼の消息が本当にわかるまで私は諦めません」と言うレイチェルさんを見ると、リッチーを一番愛しているのは結局レイチェルさんで、彼が人に絶えず求めていた「愛」もこのような絶対的なものだったのではないかと思われるのである。

先程この本には賛否両論あると書いたけれども、少なくともリッチーがどんな人だったかをファンに改めて考えさせた点でこの本の試みは成功していると思う。しかし何しろリッチー以外のバンドメンバーに批判的な含みを感じる本なので、「Everything: A book about Manic Street Preachers」(Simon Price著)等定評のあるバンドヒストリー本を先に読んでから本書に当たった方が良いと思う。本当はどちらも邦訳が出てほしいのだけど、日本におけるマニックス知名度を考えると難しいのかな。

 

「Hot Space」Queen(1982)

映画「ボヘミアン・ラプソディ」の大ヒットで現在日本でも空前のクイーンブームなのだけれど、クイーンが何故世界で最も早く日本のファンに注目され現在も続々と若いファンを増やしているのかというとひとえに彼らが「日本で受ける要素が揃っているバンド」だからなのだと思う。その要素とは①印象的なメロディーを持つ楽曲が多く一回聴いてその良さがわかる②それぞれが高レベルの演奏力を持っているという音楽面での長所に加え③ルックスに華があり、かつメンバー全員のキャラが立っているというもので特に③は後にジャパンやチープ・トリックなどがやはり日本先行で人気が出たように重要な要素だと思っている。単に「ルックスが良い」というのとは少し違う。同時代の類型的なイケメンのアイドルバンド達と違い、クイーンの場合デビュー時に盛んに「少女漫画の世界から飛び出してきたような」と形容されたように彼らのキャラクターは「漫画的」というか「漫画にしやすい」のである。実際私も中学時代クイーン漫画描いたことあるしな(笑)。それにしても「漫画的」ならともかく「少女漫画的」というのはいくらなんでも無理がないだろうかと思ってしまうのは私だけではあるまい。こういうことを言うと熱心なクイーンファンから石を投げられるかもしれないけれど、私の記憶では当時のクイーン、特にフレディ・マーキュリーについてはもっと「いじられ」の要素が強かったのだ。クイーンをいち早く日本に紹介しその後もクイーンを熱心に取り上げ続けた「ミュージック・ライフ」誌の名物コーナーであった「He Said, She Said」というML読者によるネタ投稿のコーナーでもフレディは人気者(?)でやれ出っ歯だのナスビだのと散々いじられていた(ブライアンの病弱ネタやジョンの存在感のなさネタやロジャーのデブネタもあった気がする)のだけれど、それらも彼らの持つ親しみやすさ故の現象であるから映画の影響で「伝説のバンド」的に語られてる現在もやはり無視してほしくない面だよなぁと思ってしまうのである。

ホット・スペース

ホット・スペース

 

 この「Hot Space」はクイーン作品の中で問題作と言われているアルバムで、発売当時のレビューも結構荒れていた記憶がある。映画の中でも殆ど無視されていたしバンドやファンの間でも多分「黒歴史」みたいな扱いなんだろう。何でわざわざそんな作品を取り上げるのかと言えば、単に本作が私がリアルタイムで聴きだしたクイーンのアルバムだからである(笑)。この作品が出た1982年やその前後は70年代の大物と言われたアーティストが時代の変化に対応するために音楽面でも試行錯誤的なアルバムが多く出ていた時期でもあり、デヴィッド・ボウイの「Let's Dance」(1983年)もリリース当時はやはり好意的な評価ばかりというわけではなかった記憶がある。今から聴き返せば「こういう試みもあっていい」という前向きな感想になると思うがやはりリリース当時は「え~そっちに行っちゃうの?」感が強かったのではないだろうか。一言で言ってこのアルバムは物凄くR&Bやファンク色が強くてそれまでの「クイーン・サウンド」を期待すると手痛く裏切られる内容である。冒頭の「Staying Power」からしてホーンセクションとシンセがフィーチュアされたファンキーな曲で「あれ~ブライアンのギターはどこー?コーラスはどこー?」となると思う(実はギターもコーラスもあるのだけれど全く「クイーン的」ではない)。前半(当時はA面に相当する部分)はずっとこんな調子でファンキーで黒いノリの楽曲が続くので正直辛いという人も多かったのではないだろうか。しかしフレディのパワフルなヴォーカルはこれらファンク色の強い楽曲群においても圧倒的であり、彼がロックの枠組みの中に納まらないスケールを持ったヴォーカリストであったことが皮肉にもこの作品によって証明されたところもあると思う。本作はロックとR&Bの垣根を超えたと言われるマイケル・ジャクソンの「Thriller」に影響を与えたアルバムと言われているが、そういう意味では本作は少し世に出るのが早すぎたアルバムと言えるのではないだろうか。しかしさすがにこの路線で進み続けるのは難しかったようで、その次の「The Works」は往年のクイーンらしいロックアルバムで収録曲「Radio Ga Ga」の大ヒットもありファンにも好意的に受け入れられたアルバムだが本作の後ということで「守りに入ってる感」が気になった作品でもあった。やはり「Hot Space」はクイーン史において無視できない貴重な位置づけのアルバムではないかと思う。