sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

【この一冊】 Paolo Hewitt「Paul Weller : The Changing Man」(2007)

ポール・ウェラーの伝記や評伝はいくつかあるのだけど、この本はウェラーの同郷かつ長年の盟友であったパオロ・ヒューイットの著書ということでとりわけ話題性の高かったものである。「盟友であった」、と過去形なのはこの本が出版された少し前に著者がウェラーと袂を分かってしまったからで、これには個人的にビックリしてしまった。10年以上の前の話なので「今さらかよ」と思った方もいるかもだけれど、「The Cappuccino Kid」の中の人としてスタイル・カウンシルのイメージ戦略にもずいぶんと貢献していた人なだけに決裂は残念でならない。

そんな背景のためか、著者のウェラー評は少々辛口である。特に序章が「彼とはもう親友ではない」「僕が彼に嫉妬していると言う人がいるが、僕が彼に嫉妬するとすれば身長だけだ」などと辛辣な調子で書かれているため読み始めの頃は「これは暴露本だろうか」と心配になったものだ。しかし読み進めていくうちに著者がいかにウェラーの作品を愛しソングライターとしてリスペクトしていたかが伝わり、全体としては「ポール・ウェラー=愛すべき英国の頑固オヤジ」というイメージがさらにこの評伝によって裏打ちされた感がある。「彼は天才ではない」と言いつつもウェラーのソングライターとしての卓越した資質や才能について性格分析も含め深く考察をしているのはやはり長年友人としてウェラーと深く関わっていた著者ならではだろう。

 本書は各章のタイトルとして著者によってセレクトされたジャム~スタカン~ソロ時代のウェラーの曲が時系列順に並んでいてそれぞれの曲のエピソードを取り上げつつウェラーの人となりを語るスタイルになっている。とはいえ話自体が時系列になっているわけではなく、ジャム時代の曲の章のところでいきなりソロ時代の話に飛んだりするので、いわゆる通常のようなバイオ本のような幼少時代→学校時代→バンド結成→デビューみたいな流れを期待すると「あれ、ジャム時代の話はどうなったんだよ」となってしまう。それとジャムにおけるブルース・フォクストンとリック・バックラー、スタカンにおけるミック・タルボットとのエピソードが殆どないのがいささか片手落ち感があるのは否めない。あくまで本書のスタンスは「自分にとってのポールを語る」でありポール・ウェラーの音楽キャリアを俯瞰するというものではないのだろう(そのようなものは他にたくさんあるだろうし)。

Paul Weller - The Changing Man (English Edition)

Paul Weller - The Changing Man (English Edition)

 

 本書はタイトルの通り、ポール・ウェラーの性格の多面性に着目しつつ音楽的変遷や政治観・人生観の変化を追ったものである。確かにジャム時代のウェラーが見たら「何だこのクソオヤジ」と思ってしまうような変遷ぶりだ。最初の妻だったディー・C・リーがウェラーから離れたのもかつては生真面目でストイックであった彼が再評価を受けつつあったブリットポップ期以降、より世俗的で享楽的な態度に変化していったことについていけなくなったかららしい。ブラーやオアシス等ジャムに影響を受けた世代やそのさらに下の若い世代のミュージシャン達と積極的に交流するようになり、それがウェラー作品に同時代性を与え若いファンを獲得する大きな要因になったのは確かだけれど、著者をはじめ周囲の人間は絶えず振り回されっぱなしでさぞかし胃の痛い思いが絶えなかったことだろう。しかしウェラーの音楽性や生活態度の変化の振り幅が大きな一方で、若い頃から終始一貫して全く変わらない部分もあって、それは「面倒くさい頑固オヤジ的メンタリティー」である。何とこのメンタリティーがジャム時代から始まっているのが彼の「らしい」所と言わざるを得ない。とりわけウェラーのコンピューター嫌いは著者を辟易させたようで、ある時などはパソコンで仕事をすると「そんなので書くな、タイプライター使え」と彼からいちゃもんをつけられて大喧嘩になったらしい。インターネットが普及し始めたときも「俺はそんなの使わん」と随分文句を言っていたようだ(最近は公式HPもSNSも普通にあるようだしだいぶ寛容になったのかもしれない)。しかしこのような頑迷さや偏屈さも我々日本人がイメージする「英国らしさ」とマッチしているために「愛すべき英国の頑固オヤジ」としてファンの間で前向きに受け入れられているのは彼にとって幸運なことではないだろうか。

 ポール・ウェラーが普段の会話でなく作品の中により自分の心情を注ぎ込むタイプであることは卓越した詩作の才能がありながら若くしてこの世を去った友人Dave Wallerを歌った「A Man Of Great Promise」や幼少時代に施設に預けられ過酷な生活を強いられた著者がある夜にそのことを思い出して号泣した時のことを歌った「As You Lean Into The Light」で詳しく語られている。日頃は口も酒癖も悪く偏屈で面倒くさい所はたくさんあるけれども友人達を想う気持ちを曲に託すウェラーの優しさには心打たれるものがある。「A Man Of Great Promise」は個人的に大好きな曲で明るくて洗練されたいかにもスタカンらしい曲なのだけれど、悲しい内容の歌詞をこのような曲調に仕上げてくるというのがウェラーのソングライティングの非凡な所だと思う。

 著者がウェラーと決裂した直接的なきっかけははっきりと書かれていないが、ウェラーの周りを振り回す突飛な行動や酒癖の悪さなど「アーティストとしては尊敬するけど友人としてはもうこりごりだ」という著者の本音が本書の至る所に現れており「そうだよね~お疲れ様」と言いたくなる一方で、ウェラーが「22 Dreams」でそれまでの路線から音楽的な大転換を図るのがまさに本書の出版された2007年以降なので、この時期の背景も引き続き追ってほしかったなという気持ちは否めない。「22 Dreams」(2008)で最初期のジャムに在籍していたスティーヴ・ブルックス、「Wake Up The Nation」(2010)でブルース・フォクストン、そして最新作「On Sunset」(2020)でミック・タルボットとかつての同僚が近年のウェラー作品に参加しているのだから、いつか著者がウェラーと和解する日も来るのではないかと期待している。

 著者はメロディー・メイカーやNME等かつての本国の有名音楽紙のライターとして活躍していたがその割に本書の英語は難解過ぎず比較的読みやすい。68章まであるため一見「うへー長い」と凹んでしまうが2ページしかない章もあるため割とサクサク進むんじゃないかと思う。実際に各章のタイトルとなっている曲をかけながら読み進めてみるとより楽しいと思うので、背景知識のあるファンにはぜひ読むことを勧めたい。