sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Move To This」Cathy Dennis(1990)

キャシー・デニスといえばカイリー・ミノーグの「Can't Get You Out of My Head」やブリトニー・スピアーズの「Toxic」、ケイティ・ペリーの「I Kissed a Girl」など数々のヒット曲のソングライターとして知られ、今や本国イギリスではアイヴァー・ノヴェロ賞(英国の優れた作曲家やソングライターのための賞)を6回も受賞している大御所ソングライターなのだけれど、元々は英スマッシュ・ヒッツ誌のようなアイドル雑誌にも取り上げられたポップシンガーだったのである。私もキャシー・デニスはアイドル歌手のイメージが強かったから、後に自分で歌うより他の歌手に歌を提供するようなソングライターになるとは思わなかった。同じくアイドルとして出発し、後にソングライターとしても大活躍するゲイリー・バーロウなどは現在もテイク・ザットとして表に出ているけれども、キャシーの場合自身のアルバムを3枚出したものの、2000年以降はソングライターに専念してしまったので彼女のポップス歌手時代を知る者は寂しく思ったり「もったいないな~」と思ったのではないだろうか。何で「もったいない」のかというと90年初頭当時イギリスで人気だった女性歌手の中でキャシーが一番美人だったからなのである(←我ながら身も蓋もない言い方だな)。現在もポップス歌手として活躍中のカイリーやソフィー・エリス=ベクスターと比べても端正な顔立ちで「何でこんな美人が裏方に回っちゃったのかな~」と残念に思ったものである。数年前ぐらいの英ガーディアン紙のレビューによると「パフォーマーとして活躍するには彼女は地に足がつき過ぎていた」ということだが、確かに歌手時代だった頃のスマッシュ・ヒッツの記事を見ても知的で感じの良いお嬢さん風ではあったものの、芸能界を生き抜くにはいい意味での下世話さやしたたかさが欠けているように感じられたのは否定できない。同時期のカイリーが健康的なアイドル歌手からセクシー路線への大胆なイメージチェンジで各メディアからひどく叩かれていたからなおさらだ。その後カイリーは見事にセクシーと洗練と可愛いを奇跡的に融合させたポップ・アイコンとして復活を果たすのだけれどこれはカイリーの非凡なる自己プロデュース能力の賜物であって誰もができることではない。しかしそのカイリーを再びポップスの第一線に完全復帰させるきっかけとなったのがキャシーが書いた「Can't Get You Out of My Head」なのだから、結局はキャシーにとってソングライターへの転身は大成功だったのだろう。

Move To This by Cathy Dennis (1990-05-03)

Move To This by Cathy Dennis (1990-05-03)

  • アーティスト:Cathy Dennis
  • 発売日: 1990/05/03
  • メディア: CD
 

 「Move To This」はキャシー・デニスのデビューアルバムで、全英チャート3位まで上がったヒット作である。「C'mon and Get My Love」「Just Another Dream」「Touch Me(All Night Long)」「Too Many Walls」などの数々のヒット曲を擁する彼女の代表作で、後にこのアルバムを全曲リミックスしたアルバムもリリースされている。当時流行っていたハウス・ミュージックの影響の強い作品で、彼女を最初にポップス界に送り込んだD MobことDancin' Danny D始めマドンナとの共作やリミックスで名高いシェップ・ペティボーンやナイル・ロジャースまでが制作に参加してることもあって最初からイギリス本国にとどまらず米国ポップス市場をも意識した作りになっている(実際「Touch Me(All Night Long)」は米ビルボード100で2位を記録)。キュートでパンチの利いたキャシーのボーカルも溌溂さに溢れていてこのアルバムに若々しい躍動感を与えており、今でも繰り返し聴きたくなる作品だ。しかしデビューがこのように当時流行の音楽スタイルが前面に現れた作品であるとそのブームが下火になった時に路線変更を余儀なくされたり苦戦しやすいのも事実で、彼女も後に初期のようなハウスミュージックからの路線変更を試みたものの、セールス的にはこの1stアルバムを超えることはできなかった。歌唱力に問題があったわけでは決してないものの、同時期に活躍していたリサ・スタンスフィールドのように歌唱力を積極的に売りにするタイプでもなかったから、勢いで盛り上がれるハウスビートから離れるとどこか没個性的な感じになってしまうのかもしれない。それでも「Too Many Walls」や「My Beating Heart」のようなしっとり聞かせるバラードもあり、後のソングライター時代の作品群につながる明るさの中に一抹の哀愁と切なさを内包したメロディーが印象的である。歌手としては活動期間が短かったこともあり本国ではソングライターとしての評価に比べ過小評価されているようだけれども、本作が90年代初頭の英国ポップス界において鮮烈な存在感を放ったアルバムであることは間違いない。