sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「The Art Of Losing」The Anchoress(2021)

もう随分前から女性シンガーソングライターは特に珍しい存在ではないけれど、プロデューサーやレコーディングエンジニアとなると現在でも女性の比率は格段に低いようだ(全体の2%しかいないという話もある)。確かに私も女性の映画監督というのは割とよく聞くのだけれど女性の音楽プロデューサー、しかも自分以外のアーティストの作品まで手掛けるプロデューサーというのを寡聞にして殆ど知らない(The Isley Brothersシーナ・イーストンなどの作品を手掛けたAngela Winbushぐらいだろうか)。自身のアルバムのプロデュースで一番有名なのはやはりケイト・ブッシュだと思う。彼女の最初の単独セルフプロデュース作品である「The Dreaming」は当時としては異例の72トラックという多重録音とサンプリング技術を駆使した重厚で実験性に溢れた話題作(当時音楽メディアで「頭おかしい」とまで言われていた記憶がある)で、恐らく他のプロデューサーを招いていたら途中で喧嘩別れしたのではないかというぐらいの妥協知らずの完璧な世界観に圧倒されたものである。The Anchoressことキャサリン・アン・デイヴィスがケイト・ブッシュを尊敬するアーティストとして挙げているのも、ケイトが歌手や作曲家としてだけでなくプロデューサーとしても卓越した才能の持ち主だったからではないだろうか。そんなThe Anchoressの2ndアルバム「The Art Of Losing」はキャサリンによる完全セルフ・プロデュースである。元々この2ndアルバムはバーナード・バトラーと共同で制作する予定だったのが途中で方針が変わりキャサリン単独のプロデュースとなったことは以前の記事でもふれたが、その記事の中で私が懸念していた通りやはり彼女は前作「Confessions Of A Romance Novelist」に対する性差別的な評価に不満を抱いていた(「 I’d experienced that annoying misogynistic attitude towards the last record. 」と本国のインタビューで語っている)ようだ。前作はキャサリンと、Mansunで知られるポール・ドレイパーとの共同プロデュース(共作7曲)であるが、この作品への参加が当時ポールがMansun解散後長年の沈黙を経ての本格的始動ということもあり世間の注目が彼の方に向いてしまった結果まるでこの作品が「ポール・ドレイパーがプロデュースしたアルバム」のような印象を与えてしまったのはキャサリンにとっては不本意なことだったと思う。男性アーティストの作品でもある程度名の知れたプロデューサーが関わるとそっちの方が話題になったりするものだけれどもとりわけ女性アーティストの場合は何から何まで(男性)プロデューサーの功績にされる傾向がさらに強いようだ。本作終盤の「With The Boys」はそんな音楽業界における性差別的な現状がテーマである。

Art of Losing -Digi-

Art of Losing -Digi-

  • アーティスト:Anchoress
  • 発売日: 2021/03/12
  • メディア: CD
 

 「The Art Of Losing」のテーマは「喪失」や「悲嘆」であり、より具体的には性暴力、性差別、流産、愛する者の死など現代社会に生きる女性の多くが経験しながら、当事者の殆どが公言することをためらうために身近な人にさえ理解されない苦悩の数々である。それらはキャサリン本人の個人的な経験(父の死、流産、子宮がんの罹患等々)がベースとなっているが、それらをまるで自分が悲劇のヒロインであるかのように大仰でドラマティックなサウンドで飾り立てるのでなく、あくまで「多くの女性が日常的に直面する困難」と普遍的なテーマに昇華しているところがこの作品の非凡な所である。特に「5AM」などは性暴力やDV、流産のリアルな描写の入ったかなりショッキングな内容であるにもかかわらず音の方はまるで子守歌や女性向け商品のCMのような牧歌的で優しいメロディーで歌われるのがかえって「このようなことは私たちにとっては日常ですよ」と(作られた)笑顔で言われているような恐ろしさがある。先述の「With The Boys」も曲自体はメランコリックで美しいバラードでいかにも「女性的」なのが何とも皮肉がきいている。タイトル曲の「The Art Of Losing」はアップテンポのキャッチーで力強ささえ感じさせる曲で全然「Losing」な調子ではない。このように悲しい内容の歌詞に対し敢えて意外性のあるサウンドをぶつけるというのが今作における彼女の「実験」や「冒険」であり、結果的に何度聞いても飽きないバリエーションに富んだ作品に仕上がっている。一方で「All Farewells Should Be Sudden」や「Paris」のような、前作を彷彿とさせる物憂げな雰囲気を帯びた曲もあり、前作が好きだった人なら引き続き今作も気に入ると思う。セルフ・プロデュースがアピールポイントの一つである本作であるが1曲だけポール・ドレイパーとの共作がありそれがまさにマニックスのジェームズとのデュエット曲「The Exchange」である。最初この曲をYouTubeで聴いたときに「何かこれFriends Make The Worst Enemies(←ポールの1stソロ「Spooky Action」収録曲)に似てないか?」と思ったものだがアルバムのクレジットを見てなるほどと納得である。しかしこの曲にポールの持ち味とは全く異なる、泥臭いまでの力強さとエモーションを与えているのがジェームズのいつもの朗々としたヴォーカルだ。この他ジェームズは「Show Your Face」にギターで参加しており、これまた聴いてすぐわかるジェームズ印のギターが印象的だ。

ジェームズの参加やキュアーやデペッシュモード等80年代NWに影響された音作りが注目されている本作だが通して聴くとKscope所属アーティストらしい一筋縄ではいかない屈折したメロディーと優美さとダークでメランコリックなサウンドを持ったアルバムで、言っては何だがスティーブン・ウィルソンの最新作などよりよっぽどモダンプログっぽい。イントロと終わりにピアノのインスト曲で間の収録曲をブックエンドのように挟むスタイルもコンセプトアルバム的だ。どちらかというとオルタナティブ系のアーティストとのコラボの多いThe Anchoressだが、以前の記事にも書いた通りオリジナルで奇妙で複雑で面白いものという点では「プログレッシブ」も「オルタナティブ」も本質的には全く変わらないというのは本作を聴いて改めて実感させられる。マニックスファンからKscope愛好者までジャンル関係なくできるだけ多くの人に聴いてほしいアルバムだ。