sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Way Beyond Blue」 Catatonia(1996)

カタカナで書くと同じ表記になるゆえに紛らわしいバンドの筆頭はRushとLushであろう。こういうバンドはお互い音楽性が遠ければ遠いほどインパクトが強くてネタになる。CDを両方持っている人ってわたし以外にいるんだろうか(笑)。
今カタトニアというと多分スウェーデンのメタルバンド(Katatonia)のほうなんだと思うし、このブログ的にはむしろそっちなんじゃないかと言われそうな気がしないでもないが、わたしにとってカタトニアと言えば最初からウェールズのカタトニア(Catatonia)と決まっている。このカタトニアのヴォーカリストであったケリス・マシューズは今や本国では本業の歌手はもちろん、ラジオの司会者に著述業にイベント企画等の活躍により先日MBE(大英帝国勲章)も受賞するなど「何だかとんでもなくお偉い人になっちゃったな」という印象なんだが、90年代終盤の「Cool Cymru」ブームで一躍有名になった当時はステージで酒をラッパ飲みする豪傑ぶりで知られる姐御系ロッカーのイメージが強かったように思う。そのくせ話す声は妙に可愛らしくそのギャップがまた面白かった。一度カタトニアを渋谷クアトロで見たことがあるが、写真で見るイメージよりはるかに小柄で可愛らしい印象だった。喉の調子が悪くつらそうだったが観客の声援に精一杯こたえてくれたアットホームなライブだったと記憶している。その後ケリスはアルコール中毒のために体調を崩してバンドを脱退してしまうのだが、その時には音楽メディアやファンの求める「姐御」キャラに疲れてしまったのだろうと思う。元々カタトニア全盛期から「わたしは料理やガーデニングや刺繍が好きなの。主婦が聴いて家事がスイスイ進むような音楽を作りたい」と語っていたケリスである。NME的なノリには最初から違和感があったんじゃないだろうか。およそその系の音楽誌が「ダサい」と決めつける(であろう)ものを敢えて好きだと言いきるところに彼女の真の反骨精神があると思う。

Way Beyond Blue

Way Beyond Blue

 

 一般的にカタトニアの代表作はこの次の「International Velvet」(1998)なのだが、わたしはこの「Way Beyond Blue」の素朴な佇まいが好きだ。何というか「International Velvet」がブラーでいう「Parklife」であれば「Way Beyond Blue」は「Modern Life is Rubbish」のような位置づけのアルバムなんじゃないかと思う。基本的に全編キャッチーなメロディーのギターポップなんだが他の英国系バンドに比べて「ブリティッシュ」という感じが希薄である。じゃあ一体どこ風なんだと言われても困るがケリスのビョーク似のヴォーカルがそう思わせるのかもしれんがそれこそ北欧っぽいテイストを感じる。今「ビョーク似」と書いたがケリスのヴォーカルは曲によってはさらに舌足らずのロリータ風だったりするし、かと思えばボニー・タイラー(←ケリスにとっては同郷の大先輩)ばりにハスキーで力強く歌い上げる曲もあったりするので実につかみどころがない。そんな彼女の個性的というか何とも不思議なヴォーカルが他の無数の英国インディーロックバンドと一線を画している部分だろう。
現在ケリスはBBC Radio 6で「Cerys on 6」という番組を持っているがそこでかかる曲は古今東西あらゆる年代・ジャンルからセレクトされた定番曲や隠れた名曲(という名のマイナー曲)である。アフリカやら中南米やら東欧出身の全然名前も聞いたことのないアーティストがチャック・ベリーボブ・ディランなどの大物と共存している。正直どうやってこんな幅広いジャンルの音楽を収集することができるのか不思議でならないのだが、ジャンルやカテゴリーにとらわれず「好きなものは好き、面白いものは面白い」と思える彼女の感性は大いに見習いたいし、カタトニアの無国籍風な音楽性も元々その辺から来てるんだろう。最早「Kのカタトニア?Cのカタトニア?」とか言ってる場合じゃないな。