sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「The Art Of Losing」The Anchoress(2021)

もう随分前から女性シンガーソングライターは特に珍しい存在ではないけれど、プロデューサーやレコーディングエンジニアとなると現在でも女性の比率は格段に低いようだ(全体の2%しかいないという話もある)。確かに私も女性の映画監督というのは割とよく聞くのだけれど女性の音楽プロデューサー、しかも自分以外のアーティストの作品まで手掛けるプロデューサーというのを寡聞にして殆ど知らない(The Isley Brothersシーナ・イーストンなどの作品を手掛けたAngela Winbushぐらいだろうか)。自身のアルバムのプロデュースで一番有名なのはやはりケイト・ブッシュだと思う。彼女の最初の単独セルフプロデュース作品である「The Dreaming」は当時としては異例の72トラックという多重録音とサンプリング技術を駆使した重厚で実験性に溢れた話題作(当時音楽メディアで「頭おかしい」とまで言われていた記憶がある)で、恐らく他のプロデューサーを招いていたら途中で喧嘩別れしたのではないかというぐらいの妥協知らずの完璧な世界観に圧倒されたものである。The Anchoressことキャサリン・アン・デイヴィスがケイト・ブッシュを尊敬するアーティストとして挙げているのも、ケイトが歌手や作曲家としてだけでなくプロデューサーとしても卓越した才能の持ち主だったからではないだろうか。そんなThe Anchoressの2ndアルバム「The Art Of Losing」はキャサリンによる完全セルフ・プロデュースである。元々この2ndアルバムはバーナード・バトラーと共同で制作する予定だったのが途中で方針が変わりキャサリン単独のプロデュースとなったことは以前の記事でもふれたが、その記事の中で私が懸念していた通りやはり彼女は前作「Confessions Of A Romance Novelist」に対する性差別的な評価に不満を抱いていた(「 I’d experienced that annoying misogynistic attitude towards the last record. 」と本国のインタビューで語っている)ようだ。前作はキャサリンと、Mansunで知られるポール・ドレイパーとの共同プロデュース(共作7曲)であるが、この作品への参加が当時ポールがMansun解散後長年の沈黙を経ての本格的始動ということもあり世間の注目が彼の方に向いてしまった結果まるでこの作品が「ポール・ドレイパーがプロデュースしたアルバム」のような印象を与えてしまったのはキャサリンにとっては不本意なことだったと思う。男性アーティストの作品でもある程度名の知れたプロデューサーが関わるとそっちの方が話題になったりするものだけれどもとりわけ女性アーティストの場合は何から何まで(男性)プロデューサーの功績にされる傾向がさらに強いようだ。本作終盤の「With The Boys」はそんな音楽業界における性差別的な現状がテーマである。

Art of Losing -Digi-

Art of Losing -Digi-

  • アーティスト:Anchoress
  • 発売日: 2021/03/12
  • メディア: CD
 

 「The Art Of Losing」のテーマは「喪失」や「悲嘆」であり、より具体的には性暴力、性差別、流産、愛する者の死など現代社会に生きる女性の多くが経験しながら、当事者の殆どが公言することをためらうために身近な人にさえ理解されない苦悩の数々である。それらはキャサリン本人の個人的な経験(父の死、流産、子宮がんの罹患等々)がベースとなっているが、それらをまるで自分が悲劇のヒロインであるかのように大仰でドラマティックなサウンドで飾り立てるのでなく、あくまで「多くの女性が日常的に直面する困難」と普遍的なテーマに昇華しているところがこの作品の非凡な所である。特に「5AM」などは性暴力やDV、流産のリアルな描写の入ったかなりショッキングな内容であるにもかかわらず音の方はまるで子守歌や女性向け商品のCMのような牧歌的で優しいメロディーで歌われるのがかえって「このようなことは私たちにとっては日常ですよ」と(作られた)笑顔で言われているような恐ろしさがある。先述の「With The Boys」も曲自体はメランコリックで美しいバラードでいかにも「女性的」なのが何とも皮肉がきいている。タイトル曲の「The Art Of Losing」はアップテンポのキャッチーで力強ささえ感じさせる曲で全然「Losing」な調子ではない。このように悲しい内容の歌詞に対し敢えて意外性のあるサウンドをぶつけるというのが今作における彼女の「実験」や「冒険」であり、結果的に何度聞いても飽きないバリエーションに富んだ作品に仕上がっている。一方で「All Farewells Should Be Sudden」や「Paris」のような、前作を彷彿とさせる物憂げな雰囲気を帯びた曲もあり、前作が好きだった人なら引き続き今作も気に入ると思う。セルフ・プロデュースがアピールポイントの一つである本作であるが1曲だけポール・ドレイパーとの共作がありそれがまさにマニックスのジェームズとのデュエット曲「The Exchange」である。最初この曲をYouTubeで聴いたときに「何かこれFriends Make The Worst Enemies(←ポールの1stソロ「Spooky Action」収録曲)に似てないか?」と思ったものだがアルバムのクレジットを見てなるほどと納得である。しかしこの曲にポールの持ち味とは全く異なる、泥臭いまでの力強さとエモーションを与えているのがジェームズのいつもの朗々としたヴォーカルだ。この他ジェームズは「Show Your Face」にギターで参加しており、これまた聴いてすぐわかるジェームズ印のギターが印象的だ。

ジェームズの参加やキュアーやデペッシュモード等80年代NWに影響された音作りが注目されている本作だが通して聴くとKscope所属アーティストらしい一筋縄ではいかない屈折したメロディーと優美さとダークでメランコリックなサウンドを持ったアルバムで、言っては何だがスティーブン・ウィルソンの最新作などよりよっぽどモダンプログっぽい。イントロと終わりにピアノのインスト曲で間の収録曲をブックエンドのように挟むスタイルもコンセプトアルバム的だ。どちらかというとオルタナティブ系のアーティストとのコラボの多いThe Anchoressだが、以前の記事にも書いた通りオリジナルで奇妙で複雑で面白いものという点では「プログレッシブ」も「オルタナティブ」も本質的には全く変わらないというのは本作を聴いて改めて実感させられる。マニックスファンからKscope愛好者までジャンル関係なくできるだけ多くの人に聴いてほしいアルバムだ。

「Some Friendly」The Charlatans(1990)

シャーラタンズは英国ノースウィッチ出身の、マッドチェスター・ムーブメント全盛期に登場し、現在も根強い人気を持つUKロックバンドである。マッドチェスターというのはストーン・ローゼズハッピー・マンデーズ、インスパイラル・カーペッツなどマンチェスターおよびその近郊出身の、サイケデリックサウンドと独特のグルーヴ感を持つロックバンドのブームであり、これらは80年代後半のUKロックシーンに漂っていた閉塞感をぶち破る新世代バンドとして熱狂的な人気を集めていた。当時は「マンチェスター出身」というだけでNMEやらメロディーメイカーなど英国の大手洋楽雑誌にも取り上げられる雨後のタケノコ状態でシャーラタンズもその一つだったのである。私がシャーラタンズを知ったのは大学生の時、洋楽に詳しい同級生から「これ聴いてみて。渋谷(陽一)の番組で『インスパイラル・ローゼズ』って言われてたよ(笑)」とその番組でかかっていた「Then」という曲の録音をウォークマンで聴かせてくれたのが始まりだったのだけど、本当にインスパイラル・ローゼズであった。つまり、インスパイラル・カーペッツのオルガンにイアン・ブラウンの声がのっかっているような曲であった。当時日本の評論家筋におけるシャーラタンズの評価というのは、お世辞にも大絶賛というのではなかった記憶がある。渋谷陽一には番組の中でNew Fast Automatic Daffodilsと比較されて「シャーラタンズなんかよりこっちのほうが全然いいですよ」などと言われるし、児島由紀子女史などは当時彼女がお気に入りだったライドの曲と同名の曲がシャーラタンズにもある(もちろん中身は別物)というだけで「こんなもののどこがいいんですか」とシャーラタンズをけちょんけちょんにケナしたのである。これには私も「デビューしたての新人をそこまでケナすことないじゃんか」とイラっと来たものだ。それだけに彼らのデビューアルバムである本作「Some Friendly」が全英チャート初登場1位を獲得した時は内心ざまあみろとすら思ったものである。

Some Friendly (Reis)

Some Friendly (Reis)

  • アーティスト:Charlatans
  • 発売日: 2007/05/29
  • メディア: CD
 

 本作はマッドチェスター・ブームの産物というべきアルバムだが、内容は非常に濃い。おそらくのこの時期にデビューしたバンドのアルバムの中では頭一つ抜きんでる出来なんじゃないかと思う。シングル曲「The Only One I Know」「Then」は勿論、アルバムの冒頭を飾る「You're Not Very Well」、アシッドなインスト曲「109 pt2」やダンサブルな「Polar Bear」(ライドと同名異曲というのがこれ)現在でもライブのラストに演奏されることの多いアルバム最後の曲「Sproston Green」など、キャッチーでポップな曲がそろっている。当時シャーラタンズというとロブ・コリンズのキーボード(ハモンド・オルガン)に話題が集中していたが、やはりキーボード中心バンドであったインスパイラル・カーペッツよりシャーラタンズのほうがリズム隊がタイトで全体的に演奏力が高いと感じる。デビュー当時はボーカルのティム・バージェスのルックスとキャラクターでアイドル的な扱われかたもされていたバンドだけれど、マッドチェスターの終焉で行方不明になることなく英国ロックの次の一大ブームであるブリットポップ期においても「Tellin' Stories」という名盤を送りだせたのは、彼らの時代を読むセンスと手堅い演奏力のおかげなのだろう。そもそもベースのマーティン・ブラントは80年代にMakin' Timeというモッズのバンドをやっていたから、オアシスやブラーなど当時モッズ好きを公言していたブリットポップのバンドよりもずっと前から「モッズ」だったのである。そのブリットポップ期からシャーラタンズを聴くようになったファンにとっては「Some Friendly」は少々キーボードがうるさく感じられるかもしれないけれど、サイケデリックサウンドとグルーヴ感といったマッドチェスター特有のスタイルを持ちつつもキャッチーで印象的なメロディーを持った曲が多く「Tellin' Stories」と並ぶ彼らの代表作だと思う。これからシャーラタンズを聴いてみたいけど何から聴けばいいか迷っている人にも自信を持って勧められるアルバムだ。

しかし最近のティムの金髪マッシュルームカットは似合わないと思うんだよね。何だかバードランドみたいじゃん。誰だよバードランドってと思った方は今後の記事に期待していてください。

「Move To This」Cathy Dennis(1990)

キャシー・デニスといえばカイリー・ミノーグの「Can't Get You Out of My Head」やブリトニー・スピアーズの「Toxic」、ケイティ・ペリーの「I Kissed a Girl」など数々のヒット曲のソングライターとして知られ、今や本国イギリスではアイヴァー・ノヴェロ賞(英国の優れた作曲家やソングライターのための賞)を6回も受賞している大御所ソングライターなのだけれど、元々は英スマッシュ・ヒッツ誌のようなアイドル雑誌にも取り上げられたポップシンガーだったのである。私もキャシー・デニスはアイドル歌手のイメージが強かったから、後に自分で歌うより他の歌手に歌を提供するようなソングライターになるとは思わなかった。同じくアイドルとして出発し、後にソングライターとしても大活躍するゲイリー・バーロウなどは現在もテイク・ザットとして表に出ているけれども、キャシーの場合自身のアルバムを3枚出したものの、2000年以降はソングライターに専念してしまったので彼女のポップス歌手時代を知る者は寂しく思ったり「もったいないな~」と思ったのではないだろうか。何で「もったいない」のかというと90年初頭当時イギリスで人気だった女性歌手の中でキャシーが一番美人だったからなのである(←我ながら身も蓋もない言い方だな)。現在もポップス歌手として活躍中のカイリーやソフィー・エリス=ベクスターと比べても端正な顔立ちで「何でこんな美人が裏方に回っちゃったのかな~」と残念に思ったものである。数年前ぐらいの英ガーディアン紙のレビューによると「パフォーマーとして活躍するには彼女は地に足がつき過ぎていた」ということだが、確かに歌手時代だった頃のスマッシュ・ヒッツの記事を見ても知的で感じの良いお嬢さん風ではあったものの、芸能界を生き抜くにはいい意味での下世話さやしたたかさが欠けているように感じられたのは否定できない。同時期のカイリーが健康的なアイドル歌手からセクシー路線への大胆なイメージチェンジで各メディアからひどく叩かれていたからなおさらだ。その後カイリーは見事にセクシーと洗練と可愛いを奇跡的に融合させたポップ・アイコンとして復活を果たすのだけれどこれはカイリーの非凡なる自己プロデュース能力の賜物であって誰もができることではない。しかしそのカイリーを再びポップスの第一線に完全復帰させるきっかけとなったのがキャシーが書いた「Can't Get You Out of My Head」なのだから、結局はキャシーにとってソングライターへの転身は大成功だったのだろう。

Move To This by Cathy Dennis (1990-05-03)

Move To This by Cathy Dennis (1990-05-03)

  • アーティスト:Cathy Dennis
  • 発売日: 1990/05/03
  • メディア: CD
 

 「Move To This」はキャシー・デニスのデビューアルバムで、全英チャート3位まで上がったヒット作である。「C'mon and Get My Love」「Just Another Dream」「Touch Me(All Night Long)」「Too Many Walls」などの数々のヒット曲を擁する彼女の代表作で、後にこのアルバムを全曲リミックスしたアルバムもリリースされている。当時流行っていたハウス・ミュージックの影響の強い作品で、彼女を最初にポップス界に送り込んだD MobことDancin' Danny D始めマドンナとの共作やリミックスで名高いシェップ・ペティボーンやナイル・ロジャースまでが制作に参加してることもあって最初からイギリス本国にとどまらず米国ポップス市場をも意識した作りになっている(実際「Touch Me(All Night Long)」は米ビルボード100で2位を記録)。キュートでパンチの利いたキャシーのボーカルも溌溂さに溢れていてこのアルバムに若々しい躍動感を与えており、今でも繰り返し聴きたくなる作品だ。しかしデビューがこのように当時流行の音楽スタイルが前面に現れた作品であるとそのブームが下火になった時に路線変更を余儀なくされたり苦戦しやすいのも事実で、彼女も後に初期のようなハウスミュージックからの路線変更を試みたものの、セールス的にはこの1stアルバムを超えることはできなかった。歌唱力に問題があったわけでは決してないものの、同時期に活躍していたリサ・スタンスフィールドのように歌唱力を積極的に売りにするタイプでもなかったから、勢いで盛り上がれるハウスビートから離れるとどこか没個性的な感じになってしまうのかもしれない。それでも「Too Many Walls」や「My Beating Heart」のようなしっとり聞かせるバラードもあり、後のソングライター時代の作品群につながる明るさの中に一抹の哀愁と切なさを内包したメロディーが印象的である。歌手としては活動期間が短かったこともあり本国ではソングライターとしての評価に比べ過小評価されているようだけれども、本作が90年代初頭の英国ポップス界において鮮烈な存在感を放ったアルバムであることは間違いない。

「Dreamtime」The Cult(1984)

80年代半ばの英国ロック界において、現在ではほとんど死語となっている「ポジティブパンク」というジャンルがあった。今はこの辺のバンドは「ゴシックロック」と言われているけれど、当時から「ゴシックロック」と言われていたバウハウスやシスターズ・オブ・マーシーよりも少し下の世代のバンドを指した用語である。「パンクとポジティブって矛盾してない?」と思ってしまうのだけど、83年にNME誌が当時勢いのあった新人たちをまとめて「ポジティブパンク」と呼んでいただけで別に音楽性に共通点があったわけでもなんでもなかったのでこの徒花的なジャンルはすぐに衰退してしまった。しかし彼らの多くが持っていた耽美・幻想・退廃的世界観(←どこがポジティブだ)は当時の日本のインディーシーンにも多大な影響を与え、現在の日本のヴィジュアル系バンドに受け継がれているのではないかと思う。前にポール・ウェラーの長男のナットが日本のヴィジュアル系の大ファンという話を聞いて「自分の国に元祖みたいなのがあるじゃん」と思ったものだけれど、まあナットの生まれる前の話だし仕方がない。

そのポジティブパンクから出発して後にメインストリームのハードロックバンドとして大成功を収めるのがこのザ・カルトなのだけど、カルトの音楽を特徴づけているのは何といってもイアン・アストベリーのヴォーカルである。デビュー当時からサザン・デス・カルトが他のポジパンのバンドと一線を画していたのはこのイアンのコブシを効かせまくったダイナミックなヴォーカルといっても過言ではない。基本的にはあーこりゃツェッペリンオタだなと丸わかりな歌唱法なのだが後にはザ・ドアーズの再結成ライブでジム・モリソンのそっくりさんをやってしまうのだからずいぶんと器用なものである。こういう、歌唱力に定評があり自身も歌唱力に自信のあるヴォーカリストはさほど演奏技巧を要しないパンクやオルタナティブロックよりもハードロックやメタルみたいなものをやりたがる人が多いのだけどデビュー時の音楽性でファンになった人にとってはその後のバンドの「ジャンル違い」レベルの音楽性の変化についていけず「昔のほうがよかった~」と愚痴りたくなるのも気持ちとしてよくわかる。80年代半ばはHR/HMLAメタルなどで一大ブームだったしカルトの音楽的変化も当時の流行りに乗っかった感もあったかもしれない。

Dreamtime

Dreamtime

  • アーティスト:Cult
  • 発売日: 2007/05/21
  • メディア: CD
 

 そんなカルトのデビュー作がこの「Dreamtime」である。リリース当時は「夢を見るだけ」といういかにもポジティヴパンクな邦題が付いていた。メンバーのルックスもヒラヒラの衣装&カラフルな髪の色&お化粧バリバリで今となっては黒歴史である。でもその宣材写真とアルバムジャケット(上のデザインと若干違っている)に妙に惹かれるものがあり当時中学生だったわたしは広告を前に数日迷った挙句全く音も聞かないでこのアルバム(まだLPだった)を買ってしまったのだがこれが意外に大当りで感動したものである。キャッチーなメロディーのストレートでダイナミックなロックで、いかにも「ポジティヴ」な感じだったので他のポジティヴパンクバンドもこんな感じかと期待してダンス・ソサエティジーン・ラヴズ・ジザベル、エイリアン・セックス・フィーンドのアルバムを買いまくったがそれぞれ音楽性が全く違いすぎてそれもまた面喰らったのだった。カルトのデビュー作「Dreamtime」は今聴くとイアンのヴォーカルに対しまだビリー・ダフィーのギター演奏力がついていけてなくてパンクバンドが一生懸命ハードロックやってます的必死感にあふれているものの、プロデュース陣の骨太かつ厚みのある音づくりが当時の彼らの演奏能力の未熟さをうまくカモフラージュしている。その後彼らが向かっていった音楽性があまりにもクラシックなロックンロールすぎてデス・カルト〜「Dreamtime」の頃のUKネオサイケっぽいのが好きだった私は「え~そっちに行っちゃうの~?」とついていけなかったのだけど、今になって例えば「Wild Hearted Son」みたいな後期の曲を聴くとやっぱりカッコイイと思ってしまうし「Sonic Temple」は文句なしにハードロックの名盤だ。これは全く余談だけど、マニック・ストリート・プリーチャーズのデビュー作「Generation Terrorists」のプロデューサーにスティーヴ・ブラウンが起用されたのは当時パンクからハードロックへその音楽性を変えようとしていたマニックスにとってかつてカルトがポジティブ・パンクからメインストリームなロックへの転身を図るきっかけになった大ヒット曲「She Sells Sanctuary」のプロデューサーを起用することが彼らの理想にかなっていたことは容易に想像できると思う。何といってもカルトはアメリカツアーの際にはブレイク寸前のガンズ&ローゼズを前座にしていたこともあったからガンズ大好きを公言していた当時のマニックスにしてみれば超うらやましかったんじゃないかな。「そのうち後出しジャンケン大好きなニッキーが「実は昔からカルト好きだったんだよね」とか言い出すんじゃないか」と思っていたけれど数年前に本当に学生の頃の思い出の曲に「She Sells Sanctuary」を挙げてて笑ってしまった。こういうのは初期のマニックス時代にはなかなか言えなかったことだよね。

「In Memory Of My Feelings」Catherine Anne Davies & Bernard Butler(2020)

バーナード・バトラーは今はプロデューサーとして活躍している人だけど、やはり私みたく90年代UKロックをリアルタイムで聴いている人にとってはスウェード時代の印象が強い。よくよく考えてみるとスウェード作品でバーナードが関わっているの最初の2枚だけなのだけど、アルバムデビュー前にいきなり「The Best New Band in Britain」という触れ込みでメロディーメイカー誌の表紙を飾ったり、当時英国で流行っていたシューゲイザーやマッドチェスター等のバンドと全く異なるグラムロックの要素を取り入れた独自の音楽性を打ち出すなどとにかく当時のスウェードの登場の仕方が「ど派手」だったためにその後四半世紀経った現在もいまだにスウェードのイメージで語られてることが多い気がする。ブレット・アンダーソンの退廃的で妖艶なヴォーカルとバーナードのドラマ性を帯びた華麗なギターは当時のスウェードサウンドの核でありどちらが欠けても成り立たないぐらいの一体感であったから、バーナードの突然の脱退はスウェードファンのみならず当時のUK音楽シーン全体に衝撃を与えた記憶がある。その脱退から既に四半世紀経っているのにいまだに「元スウェードの~」と語られることに本人は正直どう思っているのかわからないけれど、スウェード脱退後もブレットと共演したりしてるし悪印象はそんなにないんだろう。

そのバーナード・バトラーがThe Anchoressことキャサリン・アン・デイヴィスと共作共演したアルバムが先日リリースされた「In Memory Of My Feelings」である。バーナードとキャサリンの出会いは意外に古く、キャサリンがThe Anchoressを名乗る前Catherine AD名義で活動していた2009年頃に遡る。時系列的にはおそらくポール・ドレイパーと知り合った頃より前ではないだろうか。元々このアルバムはThe Anchoressの2ndアルバムとして制作される予定だったのだけれど、途中で方針が変わってThe Anchoressの2ndはキャサリン一人で制作することとなり、それまで作りかけてたバーナードとの共作曲は「何らかの形で別にリリースする」ということになったのである。理由は色々あると思うが、それまでのキャサリンの「音楽業界における性差別」に関する数々の発言から推測するに「著名な男性ミュージシャンにプロデュースされる女性アーティスト」というイメージが定着することを危惧したのではないかと思われる。私の周りでもThe Anchoressの1st(ポール・ドレイパーが共同プロデューサーとして参加している)がMansunにそっくりだという声がよく聞かれたしおそらく本国でもそのように言われることが多くてキャサリンも辟易したのではないだろうか。個人的にはThe Anchoressの1stがそれほどMansunに似ているとは思わないのだけれど、やはりポール・ドレイパーがプロデュースとなるとマンサン的なものを期待したくなるのは仕方のないことなのかもしれない。

In Memory Of My Feelings

In Memory Of My Feelings

 

 「In Memory Of My Feelings」は最終的にはThe Anchoressではなくキャサリン・アン・デイヴィス名義でバーナードとの共作アルバムとしてKscopeとは別のレーベル(Needle Mythology)からリリースされた。当初EPで出せるぐらいの曲数かなとおもっていたのでフルアルバムで出たことは意外である。そしてこの内容が予想以上に素晴らしい。おそらく90年代UKロックファンにはThe Anchoressの1stより「ツボにはまる」アルバムではないかと思う。冒頭の静謐で内省的な「The Breakdown」こそThe Anchoress的だけれども「The Good Reasons」以降バーナードの骨太のギターが存分にフィーチュアされた英国らしさを感じさせるスタイリッシュな楽曲が続く。特に3曲目の「Sabotage(Looks So Easy)」はキャサリンの情念を帯びた唸るような低音とバーナードのソリッドでハードなギターが見事なコントラストを見せる曲でこのアルバムの中でも出色だと思う。一方でフェミニンな優しさを持つ「I Know」、ノスタルジックで叙情的な「The Patron Saint Of The Lost Cause」、スケールが大きくドラマチックな展開が印象的な「F.O.H.」などそれぞれが個性的でバリエーションに富んだ楽曲が揃っているので最後まで飽きずに聴き通すことができる。制作着手から完成まで4年、途中紆余曲折を経て一時はお蔵入りかと思われていた作品なだけに最終的にアルバムの形で世に送り出してくれたことに感謝しかない。一つ気になったのは本作は作曲こそキャサリンとバーナードの共作だけれどもプロデュースはバーナード単独なことである。以前よりセルフプロデュースに強いこだわりを持っているキャサリンがいくら相手がバーナードとはいえ誰かにプロデュースの全権を委ねるのは「らしくない」からだ。The Anchoressの2ndアルバムを自分で全て制作したいという意向と引き換えに譲歩したのだろうか。その2ndアルバム「The Art Of Losing」はいよいよ来年3月にリリースされるので、楽しみに待ちたいものである。

【この1曲】Paul Weller「Earth Beat」(「On Sunset」(2020) )

「On Sunset」はポール・ウェラーのソロとして15枚目のアルバムである。「そんなにたくさん出してたのか」というのが正直な気持ちだ。私自身が途中でUKロックを全然聴かなくなった時期があったので作品のいくつかが記憶から抜け落ちているのだと思う。比較的コンスタントにアルバムを出しているマニックスでさえ直近のアルバム(「Resistance Is Futile」)が13枚目なのだからポール・ウェラーがいかに多作で勤勉かがわかるだろう。風貌もジャムやスタカン時代の端正で若々しくかつ一切の妥協を許さない生真面目な青年風からすっかり変わってしまった。還暦を過ぎ心身ともに円熟の境地といえば聞こえはいいが真っ白な長髪に深い皺が刻まれた風貌はまるで仙人のようだ。「On Sunset」というタイトルは昨年ロサンゼルス在住の長男を訪ねたときに40年前にツアーで訪れたサンセット・ストリップの光景を思い出したことに由来しているそうだけれども、最近のインタビューにおける「mortalityへの意識が強くなった分、やれるうちは仕事をしていたい、クリエイトしたいという思いが強まったのかな。だってそれができなくなる日はいずれ俺にも訪れるわけだから」という発言からしても「夕暮れ」という意味のsunsetと重ね合わせているだろうことは容易に想像がつく。自身の老いを受け容れ今ある日々を楽しもうとするウェラーの姿勢は大いに尊敬できる一方で、「まだ老け込むのは早いぞ」と思ってしまう。何と言っても彼の一番下の子供はまだ3歳なのだ。頑張って長生きしてこれからもたくさんアルバムをリリースしてもらいたいものである。


Paul Weller | Earth Beat (Lyric Video)

「On Sunset」の先行公開第1弾の「Earth Beat」を初めて聴いたときに真っ先に思ったのは「何だこれスタカンじゃん」というものだった。「22 Dreams」以降、サイケデリックロックやエレクトロニカ等それまでジャムやスタカン時代とは全く異なるタイプの音楽に果敢にチャレンジしていたウェラーが古巣の?ポリドールに移籍したのをきっかけに原点回帰を図ろうとしたのかもしれない(ミック・タルボットも参加しているし)。しかしジャムやスタカン時代含めこれまでの作品がある特定の音楽スタイルをそのまま拝借してメロディーを乗っけていたような曲が多かった印象があったのに対し、「On Sunset」で聴かれる曲群はもっとリラックスした、ウェラーの中に元々あった音楽性をそのまま取り出したような自然さが感じられるのが特徴だと思う。「Earth Beat」もスタカン時代の「ソウルをやってみました」的力みがなくこれまでウェラーが歴代作品の中に取り入れてきたソウルやフォークやエレクトロニカなど様々なエッセンスを自分の音楽として消化しきっているためとても聴きやすい。日本でも本国でも「ポール・ウェラーはジャムとソロはいいけどスタカンは苦手」という人が残念ながら多いのだけど、スタカン時代の実験や試行錯誤があったからこそその後のソロ作品における音楽的語彙に豊かさが加わりウェラーの楽曲をユニークなものにしていると私は思っている。っていうかウェラー自身まだスタカン大好きでしょ。来月末にリリース予定の「Long Hot Summers: The Story of The Style Council」の共同編纂にも関わっているし。スタカンからウェラーのファンになった私は嬉しいけれどジャム派が圧倒的に多い本国のファンはどう思うんだろう。あとやっぱりスタカンといえばカプチーノ・キッド(Paolo Hewitt)だよなぁ。前記事の通りパオロ・ヒューイットとは10年以上前に交流が絶えているけれども、かつての同僚ブルース・フォクストンやミック・タルボットが近年の作品に参加しているように彼ともまた何らかの形で再び関わってくれるといいなと思っている。

【この一冊】 Paolo Hewitt「Paul Weller : The Changing Man」(2007)

ポール・ウェラーの伝記や評伝はいくつかあるのだけど、この本はウェラーの同郷かつ長年の盟友であったパオロ・ヒューイットの著書ということでとりわけ話題性の高かったものである。「盟友であった」、と過去形なのはこの本が出版された少し前に著者がウェラーと袂を分かってしまったからで、これには個人的にビックリしてしまった。10年以上の前の話なので「今さらかよ」と思った方もいるかもだけれど、「The Cappuccino Kid」の中の人としてスタイル・カウンシルのイメージ戦略にもずいぶんと貢献していた人なだけに決裂は残念でならない。

そんな背景のためか、著者のウェラー評は少々辛口である。特に序章が「彼とはもう親友ではない」「僕が彼に嫉妬していると言う人がいるが、僕が彼に嫉妬するとすれば身長だけだ」などと辛辣な調子で書かれているため読み始めの頃は「これは暴露本だろうか」と心配になったものだ。しかし読み進めていくうちに著者がいかにウェラーの作品を愛しソングライターとしてリスペクトしていたかが伝わり、全体としては「ポール・ウェラー=愛すべき英国の頑固オヤジ」というイメージがさらにこの評伝によって裏打ちされた感がある。「彼は天才ではない」と言いつつもウェラーのソングライターとしての卓越した資質や才能について性格分析も含め深く考察をしているのはやはり長年友人としてウェラーと深く関わっていた著者ならではだろう。

 本書は各章のタイトルとして著者によってセレクトされたジャム~スタカン~ソロ時代のウェラーの曲が時系列順に並んでいてそれぞれの曲のエピソードを取り上げつつウェラーの人となりを語るスタイルになっている。とはいえ話自体が時系列になっているわけではなく、ジャム時代の曲の章のところでいきなりソロ時代の話に飛んだりするので、いわゆる通常のようなバイオ本のような幼少時代→学校時代→バンド結成→デビューみたいな流れを期待すると「あれ、ジャム時代の話はどうなったんだよ」となってしまう。それとジャムにおけるブルース・フォクストンとリック・バックラー、スタカンにおけるミック・タルボットとのエピソードが殆どないのがいささか片手落ち感があるのは否めない。あくまで本書のスタンスは「自分にとってのポールを語る」でありポール・ウェラーの音楽キャリアを俯瞰するというものではないのだろう(そのようなものは他にたくさんあるだろうし)。

Paul Weller - The Changing Man (English Edition)

Paul Weller - The Changing Man (English Edition)

 

 本書はタイトルの通り、ポール・ウェラーの性格の多面性に着目しつつ音楽的変遷や政治観・人生観の変化を追ったものである。確かにジャム時代のウェラーが見たら「何だこのクソオヤジ」と思ってしまうような変遷ぶりだ。最初の妻だったディー・C・リーがウェラーから離れたのもかつては生真面目でストイックであった彼が再評価を受けつつあったブリットポップ期以降、より世俗的で享楽的な態度に変化していったことについていけなくなったかららしい。ブラーやオアシス等ジャムに影響を受けた世代やそのさらに下の若い世代のミュージシャン達と積極的に交流するようになり、それがウェラー作品に同時代性を与え若いファンを獲得する大きな要因になったのは確かだけれど、著者をはじめ周囲の人間は絶えず振り回されっぱなしでさぞかし胃の痛い思いが絶えなかったことだろう。しかしウェラーの音楽性や生活態度の変化の振り幅が大きな一方で、若い頃から終始一貫して全く変わらない部分もあって、それは「面倒くさい頑固オヤジ的メンタリティー」である。何とこのメンタリティーがジャム時代から始まっているのが彼の「らしい」所と言わざるを得ない。とりわけウェラーのコンピューター嫌いは著者を辟易させたようで、ある時などはパソコンで仕事をすると「そんなので書くな、タイプライター使え」と彼からいちゃもんをつけられて大喧嘩になったらしい。インターネットが普及し始めたときも「俺はそんなの使わん」と随分文句を言っていたようだ(最近は公式HPもSNSも普通にあるようだしだいぶ寛容になったのかもしれない)。しかしこのような頑迷さや偏屈さも我々日本人がイメージする「英国らしさ」とマッチしているために「愛すべき英国の頑固オヤジ」としてファンの間で前向きに受け入れられているのは彼にとって幸運なことではないだろうか。

 ポール・ウェラーが普段の会話でなく作品の中により自分の心情を注ぎ込むタイプであることは卓越した詩作の才能がありながら若くしてこの世を去った友人Dave Wallerを歌った「A Man Of Great Promise」や幼少時代に施設に預けられ過酷な生活を強いられた著者がある夜にそのことを思い出して号泣した時のことを歌った「As You Lean Into The Light」で詳しく語られている。日頃は口も酒癖も悪く偏屈で面倒くさい所はたくさんあるけれども友人達を想う気持ちを曲に託すウェラーの優しさには心打たれるものがある。「A Man Of Great Promise」は個人的に大好きな曲で明るくて洗練されたいかにもスタカンらしい曲なのだけれど、悲しい内容の歌詞をこのような曲調に仕上げてくるというのがウェラーのソングライティングの非凡な所だと思う。

 著者がウェラーと決裂した直接的なきっかけははっきりと書かれていないが、ウェラーの周りを振り回す突飛な行動や酒癖の悪さなど「アーティストとしては尊敬するけど友人としてはもうこりごりだ」という著者の本音が本書の至る所に現れており「そうだよね~お疲れ様」と言いたくなる一方で、ウェラーが「22 Dreams」でそれまでの路線から音楽的な大転換を図るのがまさに本書の出版された2007年以降なので、この時期の背景も引き続き追ってほしかったなという気持ちは否めない。「22 Dreams」(2008)で最初期のジャムに在籍していたスティーヴ・ブルックス、「Wake Up The Nation」(2010)でブルース・フォクストン、そして最新作「On Sunset」(2020)でミック・タルボットとかつての同僚が近年のウェラー作品に参加しているのだから、いつか著者がウェラーと和解する日も来るのではないかと期待している。

 著者はメロディー・メイカーやNME等かつての本国の有名音楽紙のライターとして活躍していたがその割に本書の英語は難解過ぎず比較的読みやすい。68章まであるため一見「うへー長い」と凹んでしまうが2ページしかない章もあるため割とサクサク進むんじゃないかと思う。実際に各章のタイトルとなっている曲をかけながら読み進めてみるとより楽しいと思うので、背景知識のあるファンにはぜひ読むことを勧めたい。