sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「In Memory Of My Feelings」Catherine Anne Davies & Bernard Butler(2020)

バーナード・バトラーは今はプロデューサーとして活躍している人だけど、やはり私みたく90年代UKロックをリアルタイムで聴いている人にとってはスウェード時代の印象が強い。よくよく考えてみるとスウェード作品でバーナードが関わっているの最初の2枚だけなのだけど、アルバムデビュー前にいきなり「The Best New Band in Britain」という触れ込みでメロディーメイカー誌の表紙を飾ったり、当時英国で流行っていたシューゲイザーやマッドチェスター等のバンドと全く異なるグラムロックの要素を取り入れた独自の音楽性を打ち出すなどとにかく当時のスウェードの登場の仕方が「ど派手」だったためにその後四半世紀経った現在もいまだにスウェードのイメージで語られてることが多い気がする。ブレット・アンダーソンの退廃的で妖艶なヴォーカルとバーナードのドラマ性を帯びた華麗なギターは当時のスウェードサウンドの核でありどちらが欠けても成り立たないぐらいの一体感であったから、バーナードの突然の脱退はスウェードファンのみならず当時のUK音楽シーン全体に衝撃を与えた記憶がある。その脱退から既に四半世紀経っているのにいまだに「元スウェードの~」と語られることに本人は正直どう思っているのかわからないけれど、スウェード脱退後もブレットと共演したりしてるし悪印象はそんなにないんだろう。

そのバーナード・バトラーがThe Anchoressことキャサリン・アン・デイヴィスと共作共演したアルバムが先日リリースされた「In Memory Of My Feelings」である。バーナードとキャサリンの出会いは意外に古く、キャサリンがThe Anchoressを名乗る前Catherine AD名義で活動していた2009年頃に遡る。時系列的にはおそらくポール・ドレイパーと知り合った頃より前ではないだろうか。元々このアルバムはThe Anchoressの2ndアルバムとして制作される予定だったのだけれど、途中で方針が変わってThe Anchoressの2ndはキャサリン一人で制作することとなり、それまで作りかけてたバーナードとの共作曲は「何らかの形で別にリリースする」ということになったのである。理由は色々あると思うが、それまでのキャサリンの「音楽業界における性差別」に関する数々の発言から推測するに「著名な男性ミュージシャンにプロデュースされる女性アーティスト」というイメージが定着することを危惧したのではないかと思われる。私の周りでもThe Anchoressの1st(ポール・ドレイパーが共同プロデューサーとして参加している)がMansunにそっくりだという声がよく聞かれたしおそらく本国でもそのように言われることが多くてキャサリンも辟易したのではないだろうか。個人的にはThe Anchoressの1stがそれほどMansunに似ているとは思わないのだけれど、やはりポール・ドレイパーがプロデュースとなるとマンサン的なものを期待したくなるのは仕方のないことなのかもしれない。

In Memory Of My Feelings

In Memory Of My Feelings

 

 「In Memory Of My Feelings」は最終的にはThe Anchoressではなくキャサリン・アン・デイヴィス名義でバーナードとの共作アルバムとしてKscopeとは別のレーベル(Needle Mythology)からリリースされた。当初EPで出せるぐらいの曲数かなとおもっていたのでフルアルバムで出たことは意外である。そしてこの内容が予想以上に素晴らしい。おそらく90年代UKロックファンにはThe Anchoressの1stより「ツボにはまる」アルバムではないかと思う。冒頭の静謐で内省的な「The Breakdown」こそThe Anchoress的だけれども「The Good Reasons」以降バーナードの骨太のギターが存分にフィーチュアされた英国らしさを感じさせるスタイリッシュな楽曲が続く。特に3曲目の「Sabotage(Looks So Easy)」はキャサリンの情念を帯びた唸るような低音とバーナードのソリッドでハードなギターが見事なコントラストを見せる曲でこのアルバムの中でも出色だと思う。一方でフェミニンな優しさを持つ「I Know」、ノスタルジックで叙情的な「The Patron Saint Of The Lost Cause」、スケールが大きくドラマチックな展開が印象的な「F.O.H.」などそれぞれが個性的でバリエーションに富んだ楽曲が揃っているので最後まで飽きずに聴き通すことができる。制作着手から完成まで4年、途中紆余曲折を経て一時はお蔵入りかと思われていた作品なだけに最終的にアルバムの形で世に送り出してくれたことに感謝しかない。一つ気になったのは本作は作曲こそキャサリンとバーナードの共作だけれどもプロデュースはバーナード単独なことである。以前よりセルフプロデュースに強いこだわりを持っているキャサリンがいくら相手がバーナードとはいえ誰かにプロデュースの全権を委ねるのは「らしくない」からだ。The Anchoressの2ndアルバムを自分で全て制作したいという意向と引き換えに譲歩したのだろうか。その2ndアルバム「The Art Of Losing」はいよいよ来年3月にリリースされるので、楽しみに待ちたいものである。