sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

「Fantastic」Wham!(1983)

現在大人気のワン・ダイレクションのような複数の若くルックスのよい男性ヴォーカルによってなるボーイズグループ、またはボーイバンドという形態の原型は諸説あるが、個人的には後にソロアーティストとして成功するジョージ・マイケルを輩出したワム!がその直接的な元祖だと思っている。ワム!といえば今では「ラスト・クリスマス」のイメージが一番強いと思うし、逆にこの曲があまりにも有名なために今ではワム!のほうが「ラスト・クリスマスを歌ってる人達」扱いかもしれない。その他のワム!の代表曲といえばやはり西城秀樹郷ひろみのカヴァーで知られている「ケアレス・ウィスパー」であろう。いずれもジョージ・マイケルの甘いヴォーカルがフィーチュアされた、洗練された都会派ポップである。あまりにジョージ・マイケルの存在感が突出してしまったので今では「ワムってジョージとマイケルのバンドだよね」というネタが定着してしまいアンドリュー・リッジリーの立場は?と突っ込みたくなる。
しかしワム!は元々そんな甘口ポップばかり歌ってた連中ではなかったんである。デビュー当時の彼らは黒い革ジャンがトレードマークのやんちゃな悪ガキというかヤンキー入った柄の悪い兄ちゃんというイメージであった。初期の曲に「Bad Boys」「Young Guns」というのがあるが当時のワム!はまさにBadでYoungを体現する存在だった。ちなみに今ではすっかりオマケ扱いされているアンドリュー・リッジリーであるが、デビュー当時はアンドリューのほうがどちらかというとアイドルでジョージの方はどこかモサくてしかも太っていたこともあってちょいブサ扱いだった。そのちょいブサのほうがリードヴォーカルで目立つことでバランスをとっていたとも言える。しかし人気が出るにつれてジョージも段々自信を持ったのか、「ケアレス・ウィスパー」の頃にはすっかり垢抜けたポップスターと化していき、それと相反するようにアンドリューの存在感が薄れてしまったのは初期からワム!を知っていた者にとっては複雑なものがあった。これは個人的印象だが特に「デュオ」においてはどちらか一方だけがソロで活躍できてしまうぐらいの個性と存在感を持ってしまうとその体制を長く維持し続けることが難しくなる。例えばホール&オーツの場合ダリル・ホールがいくら金髪長身のイケメンでもソロとしては個性が弱く、やはりジョン・オーツというダリルとは全く正反対の個性を持つパートナーがいるからこそデュオとしてうまく機能しているんだと思う。ペット・ショップ・ボーイズにしてもニール・テナント単独だとその辺のただのイギリス人だが、もう一人「単独だとただのその辺の人」たるクリス・ロウが側にいることで何となくデュオとしてのバランスが保たれてる気がする。ワム!の悲劇は活動している内に次第にジョージ・マイケルがソロでも充分にやっていけるだけの存在感をを持ってしまったところにあるんだろう。こういうのはグループ結成時には本人たちも気づかなかったりするんで回避するのはなかなか難しいものがある。アンドリューも自分の持ち歌があればよかったんだろうがあのジョージの卓越した歌唱力と比較されるのは誰でも嫌だったんじゃないだろうか。 

Fantastic

Fantastic

 

 「Fantastic」はワム!のデビューアルバムであり、当時の彼らが入れ込んでいたR&Bやディスコサウンドが全面的にフィーチュアされた、若さと良い意味でのアグレッシブさに溢れた作品である。当時、ポスト・パンクのバンドでレゲエやファンクを取り入れたバンドは既にいくつか存在していたが、これらのバンドがあくまでロックをベースにしていたのに対し、ワム!が最初からR&Bを音楽的基盤としていたことはミラクルズのカヴァー(「Love Machine」)を含むこの「Fantastic」を聴けば明らかである。この後の大ヒット作「Make It Big」と比べると似たような曲が多く粗削りで未熟なところもあるのだが、当時弱冠20歳の怖いもの無しの勢いと眩しいまでのエネルギーとポジティヴィティーはこの「Fantastic」の一番の魅力である。個人的にワム!はこの時期の「やんちゃな若者」のイメージの方が強いので後の「ケアレス・ウィスパー」の妙に洗練された大人びた雰囲気は「何か無理してるんじゃないの?」と違和感を覚えたものである。大体このPVのジョージのヘアスタイリングだけで数百万円というバブリーさはデビュー当時の彼らが最も反抗していたものじゃないだろうか。

「Wham Rap」「Bad Boys」「Young Guns」とノリのよいシングルを多数擁する「Fantastic」だが、個人的に何度も繰り返し聴くのが「Club Tropicana」である。当時ニューロマンティクスと共に80年代ロンドンのクラブ・シーンで流行していたファンカラティーナ(ラテン音楽のフレーバーの入ったファンク)を取り入れた、底ぬけに明るく享楽的でノリノリの曲だ。「ラスト・クリスマスやケアレス・ウィスパーだけがワム!じゃないぞ」と言いたくなる初期の名曲だと思う。
例によって余談だが、この「Fantastic」のプロデュースを手掛けたのはマニックスの「Generation Terrorists」のプロデューサーでもあるスティーヴ・ブラウンである。何で当時のマニックスワム!のプロデューサーを選んだのか不明だがマニックスも後に「ラスト・クリスマス」をカヴァーしてるし単にワム!が好きなだけなのかもしれないな。