sleepflower音盤雑記

洋楽CDについてきわめて主観的に語るブログ。

【これを見た】Paul Draper日本公演(2019/Mar/6-Mar/10)

90年代ブリットポップ終焉期に独自の世界観をもつ楽曲群で日本でも人気を博していたマンサン(Mansun)のフロントマンであったポール・ドレイパー(Paul Draper)のソロとしての初来日である。マンサンとしての最後の来日から19年経っているから当然ファンはマンサン時代の曲を期待するし本人もそれを今回の公演の目玉の一つにしていたが、「おいちょっと待て」とツッコミを入れたくなったのは私だけではあるまい。3年前にKscopeと契約しその1年後にアルバム「Spooky Action」でソロアーティストとして再スタートし、マンサン時代からのファンのみならずKscopeが標榜する現代プログレファンからの注目を得つつあるというのに最初から過去の遺産に頼るのかよ、というのがその理由である。彼がたまにゲストとしてツアーに帯同するスティーヴン・ウィルソンも今のラインナップでポーキュパイン・トゥリー時代の曲をやらないわけではないけれど、あくまでそれはオマケ的な位置づけ(強いて言えば「自分の好きなPT時代の曲」)だし決してPTを売りにしているわけではない。「ソロアルバムはまだ1枚しか出してないんだから仕方ないだろう」という意見もあるだろうけどポール・ウェラーがセルフタイトルの1stアルバムを出したすぐ後の来日公演は既にセットリストの大半はソロアルバムの曲で占められていたし後に2ndアルバム「Wild Wood」に収録される曲も数曲披露されていた。評価の定まっている過去のバンドの楽曲に頼ったほうが楽なのはわかるがそれを敢えて封印して先に進もうという気概はないのかね、と毒づきたくもなる。そりゃ私もマンサンのファンであったからマンサン時代の曲をやってくれるのはうれしいけれども、それをツアーの売りの一つにしてしまうと今度は足りないものばかりが見えてきてしまう。いつぞやのドリーム・シアターの「Images and Words」完全再現ツアーの時でさえマイク・ポートノイの不在が気になったぐらいなのだからポールが今後「Six」再現ツアーやるとか言ってるのを見ると「やっぱりチャドやストーヴやアンディがいないとさー」とか「そこまでマンサンの曲再現にこだわるならルックスもマンサン時代の王子キャラに戻す努力ぐらいしろや」とか思っても罰は当たらんだろうと思う(←熱心なファンからは思いっきり石を投げられるかもしれないけどな)。

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ここまで散々ボロカス貶してきたけれども今回の来日公演自体はとても良かったのである。今回の公演の個人的な注目点として「シンセサイザー主体の、スタジオ技術を駆使したSpooky Actionの楽曲がアコースティックでどのように表現されるのか」というのがあったのだけど、スタジオ盤でのサウンド面の実験的な要素が省かれている分楽曲が本来持つメロディーの美しさやヴォーカルの伸びやかさが前面に押し出された仕上がりになっていて非常に感銘を受けた。「EP One」収録の比較的ストレートなギターロック曲の「The Silence is Deafening」はともかくアルバム冒頭のエキセントリックでカオティックな「Don't Poke the Bear」などアコースティックでどう再現するんだろうと思っていたのだけど、ギターだけで歌われるのを聴くと意外にオーソドックスなロックナンバーであったことは興味深い発見であった。何しろポールの豊潤で力強く伸びていく中低音域のヴォーカルには終始感心させられた。マンサン時代はどちらかというとファルセットを多用した高音域に特徴があったし何よりも歌唱力以上にアグレッシブなステージパフォーマンスが印象的だったので、ポールがここまで歌える人、歌唱力だけで勝負できる人であったということに気づけたのは一つの収穫であった。それが現在の彼の体型と関係があるのだとしたらもう今後無理してダイエットしなくていいんじゃないかとすら思う。実のところポールに関してはマンサン時代のいかにもの華奢で中性的な王子系美青年キャラより現在のデブいヒゲのオッサンのほうが全然好みである。またマンサン時代はMCも少なくチャドからも「ポールは1%も感情を表に出していない」などと言われていたものだけれど、今回の来日公演でビールを何缶も飲みつつ上機嫌で各曲のエピソードを長々と語りまくるポールを見て「このオッサンは、あのマンサンのポール・ドレイパーと同一人物なんだろうか?」と何度も自問自答せずにはいられなかったが、若い頃の外見的イメージにこだわらず純粋に楽曲のクオリティと歌唱力で勝負していこうという彼の姿勢は大いに歓迎できるものであった。

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今回のツアーではギタリストであり現在のポールの音楽的なパートナーであるBen Sinkを連れてきていた。ポールに「12歳だよ!」といじられるぐらい童顔の可愛らしい風貌の若者であるが、ギターの技術はしっかりしておりマンサン時代の曲のギターパートもほとんどチャドのニュアンスを忠実に再現しつつ弾きこなしていたと思う。Benに対するポールの信頼感が絶大なのは客席から見ても明らかで、実際4公演目の土曜日(3/9)の東京公演では喉の調子が絶不調で高音域のパートで苦しそうなポールを心配そうな表情で見守ったり途中で飲み切ってしまった喉のケア用ハーブティー(この日はビールは抜きだった)の追加を作るためにわざわざステージを出るなど甲斐甲斐しくポールのケアをするBenの姿が印象的だった。しかしポールのギターに絡まったコードまでBenに解かせるのを見て「何だこの何もしないオッサン上司のために走り回る新人くん状態は」と思ったのも事実で、この若者が今後良い意味での自己主張ができるといいなと願わずにいられない。

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演奏自体は非常に良かった(4日目の喉の絶不調も途中で演奏中断せず観客の合唱のサポートを得つつも最後まで演奏しきったのは立派だったと思う)し新しい発見もたくさんあって、今回無理して全公演行ってよかったライブだと心から思えるのだけれど、やはりセットリストを見返してみて13曲中8曲がマンサン時代の曲というのはあまりにバランスが悪い。今回会場に集まったファンの中にはマンサン時代を知らない若い人もちらほら見かけたし、私のTwitterのフォロワーさんの中にもKscope経由でポールに興味を持ったという人が出てきておりソロアーティストとしてのポール・ドレイパーがもっと聴きたいというニーズは確実にある。次のツアーからは「Six」完全再現という話が出ているけれども「いやそれより2ndソロアルバムの曲が先でしょ?」「そこまでマンサン作品の完全再現にこだわるならルックスも当時の完全再g(以下略)」と思ってしまうのは私だけじゃないと思うなぁ。